回想と郷愁の江戸・東京2015/01/12 06:41

 NHK「日曜美術館」は、川瀬巴水が大ブレークしたのは、大正14(1925) 年の「芝増上寺」だったという。 雪の赤い増上寺三解脱門の前を、半開きの 和傘を差した着物姿の女性が、風に向い斜めになって、歩いている。 前景の 松にも、傘にも、吹き付けられた雪が積っている。 その2年前、大正12(1923) 年9月1日に、関東大震災が起った。 京浜地帯は壊滅的打撃を受け、東京は 震災前の江戸・明治の風景を失った。 その郷愁によって、巴水の「芝増上寺」 が爆発的に売れたというのだ。

 「芝増上寺」は<東京二十景>の一枚だ。 巴水には、関東大震災前、大正 8(1919)年~10(1921)年の<東京十二題>というシリーズがある。 「雪 に暮るゝ寺島村」、「木場の夕暮」、「五月雨ふる山王」、「夜乃新川」、「大根がし」、 「こま形河岸」、「麻布二の橋の午後」、「月島の渡舟場」、そして例の再現が試み られた「三十間堀の暮雪」などの十二題である。 そこに描かれた古きよき江 戸の名残りが、震災に打ちひしがれた人々に、郷愁を呼び起こしたことは想像 に難くない。

 芳賀徹さんは『絵のなかの東京』(岩波書店・ビジュアルブック江戸東京3・ 1993年)に、<東京十二題>を眺めなおして、こう書いている。 「巴水はわ ざとのように銀座も虎ノ門も、東京駅も三越も宮城も描かない。文明開化好み の小林清親からさえ離れ、広重も描き忘れたような下町の風情にこだわりつづ けている。浮世絵の流れをくむ絵師のつとめは、あくまでも名もなき生活者た ちの自覚されざる心情に表現を与えるのが第一と、みずからに言いきかせてい るかのようでさえある。そしてその情景にいつもきまって水の要素を寄りそわ せるのは、広重、清親以来の江戸東京風景に不可欠の要件であった。」

 11日の「日曜美術館」は、浮世絵の影響を受けたホイッスラーのジャポニス ムの作品をやっていた。 特にその夜景<ノクターン(夜想曲)>のシリーズ、 「オールド・バタシー・ブリッジ―青と金のノクターン」(1872(明治5)年頃) を見て、川瀬巴水の水辺の風景、広重、清親以来の水の要素によく似ているな、 と思った。 巴水は、ホイッスラーのこの作品の複製を目にしていたのだろう か。 なんと『絵のなかの東京』で、芳賀徹さんは「オールド・バタシー・ブ リッジ―青と金のノクターン」に関して、つぎのような驚くべき挿話を紹介し ていたのである。 (「日曜美術館」では、この絵のバックに千住明さんの選曲 で、ショパンのノクターン2番を流していた。 私などは、この曲を聴くと、 子供の頃に観たタイロン・パワー、キム・ノヴァクの映画『愛情物語』を思い 出す。)                        (つづく)

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