皇后様、文学・芸術の豊かな人脈2018/09/09 08:32

 末盛千枝子さんの「根っこと翼・皇后美智子さまに見る喜びの源」を読んで、 特に感じるのは、皇后様の人脈がなんと豊かであるかということだ。  まず、末盛さんが「まるで、金の鉱脈が掘り当てられたかのように特異な人 材が輩出していた」という、あの頃の聖心女子大学の方々、緒方貞子さん、シ スターの渡辺和子さん、須賀敦子さん、猪熊葉子さん、曽野綾子さん(その関 係で夫君、三浦朱門さん)、島多代さん(つながりで、安野光雅さん)。 神谷 美恵子さんの影響も大きかった。

 お誕生日の記者会への回答で「常に導かれる側にあって歩いてまいりました」 と書かれた、日本の古典を永年にわたり学ばれた五味智英さん、和歌の五藤美 代子さんや佐藤佐太郎さん、英文学の斎藤勇さんや平野敬一さん、平井瑞穂さ んなどの学問の師。 さらには、いつも皇后様を大切に思い、何かを学ばれよ うという時には優しくお力になっていた方々、音楽では渡辺暁雄さんや三善晃 さん、吉田秀和さん、文学では辻邦生さんや竹西寛子さん。

 鶴見和子さんとの関係では、鶴見俊輔さん、内山章子さんご兄妹、石牟礼道 子さん、中村桂子さん、写真家の大石芳野さん、日本最古の医学全書『医心方』 33巻を完訳した槇佐知子さん、歌人で鶴見さんと歌を通して交流のあった佐々 木幸綱さん、俳人の黒田杏子さん、お能関係の人たち等。 歌会始の選者では、 河野裕子さん、夫君の永田和宏さんの名もある。

 末盛さんは、皇后様から黒田清子(さやこ)さんとなられた紀宮様と、「アリ とキリギリス」の話をなさった愉快な一件を、聞いたそうだ。 皇后様は、美 しいものに出会えば、そこにたちどまってしまうし、心引かれるメロディーに 出会えば、かりにそれが流行歌であれ、ポピュラーであれ、くり返し頭の中で 鳴ってしまい、集中がむずかしくなるような方なのだそうだ。 「私はやはり キリギリスね」と言われた皇后様に、清子さんは楽しそうに笑いながら、「そう、 そう、やっぱりアリではいらっしゃらないのね。でも……キリギリスだけとも 違うし。ああ、一所懸命アリになろうと努力しているキリギリス?」と言われ たという。

 末盛さんは、「皇后さまの御性格の中に詩人というか芸術家というか、どちら かというといわゆる優等生だけでは収まらない部分があって、それでも制約の 多い皇室の中で、そうした創造的部分は、和歌とわずかな音楽の世界にとどめ、 与えられた日々のお仕事を何よりも大切にしてこられた。ひと度ご自分の選ん だ道で強い責任意識で務めを果たしておられた皇后さまを、清子さまは深く尊 敬し、同時にそうしたお母さまの「キリギリス」の部分も大好きだったのだろ う。」とし、第2回には「皇后さまはここぞという時には、かなり思い切った ことを語られる方だと私は思っている。」と書いている。

 「第8回」には、「皇后さまは人と人、あるいは人と何かが繋がれる、何よ りも人と自分が思わぬことで繋がれて出来た「ご縁」というものをとても大切 にしておられるようだが、これも、本当に不思議なその一つのような気がした。 きっとご自分が、いつもそのように、人や物に繋いでもらってきているという 思いがおありなのだろう。書物にも、音楽にも。」とある。

 『橋をかける』になったお話の中で、皇后様は読書を通して、他の人の悲し みを知り、喜びを知り、愛と犠牲が分かちがたいということを知ったこと、そ して、誰しも、何らかの悲しみを背負って生きているということを小さい時に 知ったと、新美南吉の『でんでん虫のかなしみ』を引用して、語っておられる。  その新美南吉と皇后様を繋いだのが詩人・巽聖歌さんだった。 『星の王子さま』の訳者、内藤濯(あろう)さんを囲む読書会で巽さんと 逢われ、南吉の死後巽さんが苦労して編集した南吉の初の詩集『墓碑銘』を贈 られ、その詩に打たれて数編を英訳して英詩の朗読会で読まれていた。 この 英訳のお仕事が後に、島多代さんや猪熊葉子さんの発案から、まど・みちおさ んの東洋初の「国際アンデルセン賞」受賞へとつながってゆく。

 皇后様は、お誕生日の会や、軽井沢や草津のご静養中に、内外の音楽家の方 たちと合奏をなさる。 世界的ヴァイオリニストのユーディ・メニューインは、 平成4年の天皇ご一家とのファミリー・コンサートのことを、「皇后さまのピ アノは、じつに美しかった。本当に感動的な夜でした」と語っている(雑誌『ア エラ』)。 皇后様がストレスのためにお声を失われた時には、ヨーヨー・マが、 お玄関ででもいいからお慰めにチェロを演奏してさしあげられたらと言ってこ られたという。 結局、どちらかの宮家で演奏をお聴きになったようだ。 ど んなに励まされ、どんなに嬉しかっただろうか。 「そういう意味で皇后さま は、世界にも、とりわけ文学や芸術の世界に様々な友人をお持ちだと思う。こ のことは内外の音楽家の口からもいろいろと語られている。」