柳家小せんの「三人無筆」2023/03/08 07:10

 小せんは、小豆色の縞の着物に、黒の羽織。 辰は、字の読み書きが出来るんだって、だから腕が悪いんだ。 留公、兄貴に手紙書いてるっていうが、書けるのか。 いいんだよ、兄貴も字が読めないんだから。 そういうふうに昔は、字の読み書きのできない、無筆の人がいた。

 おっかあ、夜逃げだ、伊勢屋のお弔いの受付の帳付けを頼まれた。 お通夜に行って、奥の座敷で、饅頭を口に入れた途端に、明日帳付けお願いしますと、言われたんだよ。 饅頭一つ取って口に入れ、ついでだと、もう一つってんで、二つ食った。 親類の人かな、黒い着物を着た人に、饅頭を呑み込んでいる間に、快く引き受けてくれて有難うって、言われた。 夜逃げしよう。 お前さん、夜逃げすることはないよ、身体で字を書きゃあいい、帳付けを頼むのに一人ってことはないだろう、明日、早く行って、用事をみんな済ましておいて、相方の人に頼みゃあいい、それが身体で字を書くってことだよ、早く寝ちまいな。

 お前さん、起きとくれ。 そうだ、急いで行かないと。 寝巻で、どうする。 おまんま食べて、羽織を着て、山谷のお寺へ行っといで。 どこの寺だっけ、ここだったかな、伊勢屋さんのお弔いはこちらで? 廊下の突き当りです。 あなたが甚平さんですか、どうか、ずいずいっと奥へ、私は杢平、用事は全部済ませておきましたが、一つだけ頼みたい、帳付けをお願いします。 エッ、あなたも無筆ですか、私も無筆で十二筆。

 どうしましょう。 なれ合いの喧嘩をして、机をひっくり返す、肩を衝く、頭を二つ三つ殴る、ごろごろ蹴ったりして、二人とも戻って来ない、ってのはどうでしょう? 駄目だ。 「帳面はめいめい付け、向こう付け」とでもしましょうか、仏の遺言で、と。

 ご苦労様です、万屋、善兵衛とお願いします。 帳面はめいめい付けになってます。 そうですか。 うまくいきました。 相模屋、与兵衛とお願いします。 帳面はめいめい付けで。 手習いのお師匠さんが来て、それもいいですね、それぞれの手が残る、と記帳する。 棟梁だ。 大工政五郎と、お願いします。 代筆も構わないと遺言にある。 手習いのお師匠さんが、そっちに回ってもいいですか、と、その後も、表書きまで書いてくれた。

 そろそろ片付けて。 熊五郎と書いてくれ。 品川に遊びに行っていて、女が離さない。 「めいめい付け」、息が切れていても、手が震えていても、だめ。 無筆なんだ。 実は私達も無筆。 何、帳付けが無筆だ。 どうして早く来ない、ここは山谷だよ、なぜ吉原で遊ばないんだ。 伊勢屋さんには世話になったんだ、なんとかしてくれよ。 大丈夫、熊さんは御弔いに来なくてもいいってのも、仏の遺言にしときますから。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「等々力」を漢字一字で書いて下さい?

コメント:

トラックバック