心の豊かさと軽井沢の集会堂2010/09/05 07:04

軽井沢・集会堂の外観

 『軽井沢令嬢物語』の「さわり」は何か。 数々の苦難を乗り越える朝霧ホ テルの、ホテルの仕事が何よりも好きな、麻由子の祖父は「不運にも、見るべ きものがある」「どんなものにも、光明がある」と言う。 麻由子自身、闇商売 まで経験して、自分にも稼ぐ力があるとわかり、自力で生きてゆく充実感を知 った。

 「戦争を経てわかったことがある。明日なにが起こるかわからない、という ことだ。だからこそ、今を楽しむ。生きるとは、一瞬一瞬、きらめくことでは ないか。」 ホテルが米軍に接収されていた時代、雪のクリスマスの夜の軽井沢 集会堂、八時半に一斉に窓を開けると、外に騎兵隊の制服を着てナポレオンの ような帽子の大柄の米兵が、ずらり三十人ほど並んで、クリスマス・ソングの 合唱を始めた。 「なんて粋なことをする人たちかしら―。/麻由子は心底、 感心した。日本が戦争に負けたのは、もちろん国力の差にはちがいないが、そ の国力の中には人の心の豊かさも含まれていたのではないか。笑いや遊びや、 日々の生活を楽しもうとする余裕――それこそが豊かさ、「文化」というものだ ろう。」 朝霧ホテルに育ち「楽しんでこそ人生」の信条が生来のものだった かもしれない麻由子は、最後に「女たちを美しく変身させ、生きる楽しみを広 めること」「それこそが自分にふさわしい仕事ではなかろうか」と考えるように なる。

 2007年10月福澤諭吉協会の旅行で、万平ホテルの熊魚菴で美味しい昼食を とる前に、ヴォーリズ設計の集会堂(1926(大正15)年竣工)の、中を見学 させてもらった。 協会理事長の服部「ネ豊」次郎さんが、財団法人軽井沢会 の理事長でもあったからだ。 コンパクトで瀟洒なよいホールで、音響効果な どにも配慮されていると聞いた。