三津五郎の一人芝居『芭蕉通夜舟』2012/09/10 00:23

 いささか旧聞になってしまったが、こまつ座の芝居『芭蕉通夜舟』を紀伊國 屋サザンシアターの三日目、8月20日に観た。 ほとんど坂東三津五郎の一人 芝居で、朗誦役を兼ねる黒衣4人(坂東八大、櫻井章喜、林田一高、坂東三久 太郎)が文字通りの舞台回しをする。 井上ひさし作、鵜山仁演出。 こまつ 座は久し振り、去年1月の平淑恵の一人芝居『化粧』以来なのは、ホリプロと の提携公演などで食指が動かなかったせいもある。 松尾芭蕉の人生を、歌仙 仕立ての全三十六景で描くと聞けば、これは興味をそそられる。 ほぼ1時間 半の一人芝居、長科白をしゃべりっぱなしの三津五郎は流石で、風格もあり、 素晴しかった。

 「寛文(かんぶん)二年。……と年号でいったのでは珍紛漢紛(ちんぷんか んぷん)、そこで西暦では1662年、伊賀国上野は春でした。 やがて日本の抒 情詩の歴史を書きかえることになるはずの大詩人もまた、人生の春の真っ只中 の十九歳、いまはこの木津川に浮べた台所舟で、七輪に火をおこしています。」 と朗誦役が唱える前書で始まる。

 火吹竹を吹いていた三津五郎は、ツと立って、「わたしは芭蕉。 わたしは芭 蕉、を演じます坂東三津五郎でございます。」と言って一礼、拍手をもらい、連 句の冒頭(あたま)の第一句、発句が独り立ちして、現在の俳句の先祖になる ことを説明する。 そして発句には、「挨拶の気持をこめることがなにより大事 とされております。 この芝居の冒頭にあたる第一景で、みなさまに御挨拶を もうしあげてもべつに罰は当るまいと考えたのであります。 いいえ、かえっ て芭蕉翁から「俳諧の作法を心得たるものよ」とほめていただけるかもしれま せん。 ちなみに、芭蕉翁の時代には、この連句のことを俳諧といっておりま した。」

 このように、井上ひさしらしいダジャレとユーモア、そして解説調が、全般に目立つ芝居だ。

 三津五郎の芭蕉はさらに、芭蕉翁が一人でいるところだけを選んで三十六の 場面にしたので、登場人物はひとりでに一人一人に絞られてしまっただけのこ とだという。 芭蕉は生涯を通じて、「一人になりたい、一人になろう」とつと めた人物で、発句にも一人住いの心地よさを詠んだものがすくなくない、死の 三年前の「嵯峨日記」には「ひとり住むほど、おもしろきはなし」とあり、深 川の芭蕉庵では、しばしば「閑居」なるものを行った。 門口に俳諧の生みの 親といわれている山崎宗鑑の狂歌を掲げて…。  「上は来ず中は来て居ぬ下は泊る、二夜泊るは下々の下の客」

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