「虫(一切)」考、役者の俳号、三津五郎2012/09/19 01:31

 「虫」と「撫子」の句会の季題研究、「虫」は宮川幸雄さんの担当で、面白 い話が聞けた。 まず第一は、日本人の「虫の声を愛でる」雅(び)な習わし は、世界的に見るとかなり珍しい、日本独特の文化のようだという(奥本大三 郎さん)。 小泉信三さんのイギリス留学中の日記に、月見に行くのも不思議が られた話があるそうだ。 「虫の声を愛でる」習わしは、平安時代の殿上人に 始まり、江戸時代には一般市民にまで広がった。 虫の名所を訪ねて声を聞き 分け、また、虫を持ち寄って鳴き声を競いあった。 鳴く虫を題材とした歌合 せも盛んに行われたという。 〈邯鄲の骸(むくろ)透くまで鳴きとほす 山 口草堂〉 〈其中に金鈴をふる虫一つ  高浜虚子〉

 つぎに、兼題が「虫(一切)」だったこともあり、『日本国語大辞典』(小学館) の、むし【虫】の項目をコピーしてくれた。 十種類の意味がある。 簡略に 書くと、(1)小さな動物。 (2)特に、美しい声でなくもの。 (3)人の体内 に住んでいるという三尸(さんし)の虫のこと。また、寄生虫、特に回虫。そ れによって生ずる腹痛。陣痛のたとえにもいう。 (4)小児の体質が弱いため に起こる種々の病気。 (5)人間の体内にいるとされて、身体や感情などにさ まざまの影響を与えると考えられたもの。腹の虫、心の虫の類。 (6)(衣類 などに付いて食い荒らす虫にたとえて)ひそかにもっている愛人。情夫。間夫 (まぶ)。 (7)牢。牢屋。牢が虫籠のようであるところからいうか。一説に、 盗人仲間の隠語とし、「六四」の字を当てて、牢の食事は麦と米が。六対四であ ったところからいうとも。 (8)(「芸の虫」の略)芸達者な人。芸のじょうず な役者。名優。 (9)一つのことに熱中する人。異常と思われるくらいにその 事にとらわれている人にいう。「本の虫」 (10)他の語と複合して、そのよ うな性質である人をあざけったりいやしめたりしていう語。「泣き虫」「弱虫」 など。

 歌舞伎好きの幸雄さん、「虫」厳選十句のはじめに五代目片岡我當の〈舞台果 て奈落の暗さ虫の鳴く〉を選び、歌舞伎役者の俳号を教えてくれた。 五代目 片岡我當は「壽蘭」、市川団十郎「五粒」、市川猿翁「華果」、市川染五郎「桃泉」、 市川段四郎「笑楽」、尾上菊五郎「三朝」、片岡秀太郎「萬○」、中村吉右衛門「秀 山」「貫四」、坂東彦三郎「楽善」、松本幸四郎「錦升」。

 先日こまつ座の『芭蕉通夜舟』で芭蕉を演じた坂東三津五郎は「爽寿」だそ うだ。 パンフレット季刊『the座』No.73で三津五郎は、歌舞伎役者は襲名 すると必ず俳号を持つのだが、その中で、今、実際にやっているのは、松本幸 四郎さん、市川団十郎さんと僕くらいじゃないかな、と言っている。 三津五 郎の場合、祖父の八代目三津五郎と祖母の夫婦が俳句が大好きで、小学校の三、 四年生の時、お祖母さんと行った京都の祇王寺で、何でもいいから、素直に詠 んでごらんと言われて、〈祇王寺やかえでの赤や竹の青〉と作ったら、「いいの、 いいの、それでいいのよ」と褒められた。 その祖母は小六のときにわずか六 十歳でガンで死んだが、枕辺のノートに、小さな妹が届けた虫籠を詠んだ句を 残していたそうだ。 〈鈴虫をみやげに持ちて孫娘〉