「長沼事件」と福沢2013/05/31 06:48

 25日、交詢社で福澤諭吉協会の総会と記念講演会があった。 理事・監事の 改選があり、理事の新任は鳥居泰彦さんと岡野光喜さん。 別室で理事会があ って、鳥居さんが新理事長に決まった。

 記念講演は、岩谷十郎慶應義塾大学法学部教授・福澤研究センター所長の「『長 沼事件』法史考」だった。 それに入る前に、『福澤諭吉事典』などで「長沼事 件」について見ておこう。 「長沼事件」は、千葉県印旛郡長沼村(現成田市 長沼)の沼地帯「長沼」における漁業・採藻・渡船営業権をめぐる地域間紛争。  長沼は長沼村一村の権利として認められた入会地で、古来、村民はここでの漁 労採藻に依存して生計を立てており、その分の年貢も納めてきた。 しかし周 辺各村は沼を入会地にしたいと考え、明治5(1872)年、県に長沼の排水路浚 渫工事を長沼村一村に命じるよう運動した。 貧しい一村での工事は不可能な ことから、共同で工事を担うことを余儀なくさせ、入会権を得るためだった。  県は延べ1万5千人の人手を要する大工事を100戸5百人ほどの村長沼村一 村に命じ、村民がその不当性を主張して嘆願を繰り返すと、抵抗する村民代表 を捕縛し、長沼の事実上の上地(あげち)を命じて、漁業権の周辺諸村への付 与に踏み切った。

 県との折衝に当っていた小川武平が『学問のすゝめ』を読み、こんな公平な 意見を持っている先生ならば頼ればどうにかなると考え、福沢諭吉に助力を求 める。 小川は医師の栗田胤明の紹介で7年12月、福沢と面会し窮状を訴え る。 同情した福沢は門下生の牛場卓蔵に願書を起草させる。 それは長沼村民 にとって沼の価値は父母のようなものであり、これを失うのは父母と別れるよ うなものだ、と切々と訴えている。 福沢は同月25日、この願書が届いたか 確認する手紙を柴原和(やわら)県令に送る。 その後も福沢は、小川に県側 との交渉に当たる姿勢や自覚について意見しつつ、県側の説得を続けた。

 結局明治9(1876)年、長沼村は長沼の五年間の有償貸与と渡船営業権の独 占を確保して一応解決をみるが、五年ごとに更新を続けねばならなかった。 長 沼村民は福沢の協力に感謝して謝礼をしようとしたが、福沢は所有権回復のた めの資金として貯蓄するよう提案して受け取らず、さらに今回の事件は村民の 無学のためであるとして、小学校建設のために500円を寄附、これを元手に明 治14(1881)年、千葉で二番目の小学校、長沼小学校が建てられた。 以後、 福沢は晩年に至るまで長沼に関心を抱き続け、福沢の没する前年の明治33年3 月29日、内務省から無償で払下げを受けて、ついに完全な解決が実現した。

 村民は25年にわたる福沢の尽力に感謝し、年3回収穫した米や野菜、味噌 漬を持って福沢家を訪問する習慣は、平成22(2010)年まで続けられたとい う。

 私は平成16(2004)年4月、福澤諭吉協会の一日史蹟見学会で長沼を訪れ た。 小川武平の五代目という小川不二夫さん始め20名ほどの方々が背広ネ クタイ姿で出迎え、関係先を案内してくれるなど、大歓迎して下さった。 協 会側一行がカジュアルな格好なのが、少し恥ずかしかった。 長沼小学校跡地 (近隣の豊住小学校に統合された)の保育園・公民館では、茶菓の接待を受け、 参加者が異口同音に「昔、遠足に、母が用意してくれたような」と言った、菓 子袋まで頂戴したのだった。

小人閑居日記 2013年5月 INDEX2013/05/31 07:17

5833 金原亭馬治の「強情灸」<小人閑居日記 2013. 5. 1.>
5834 三遊亭兼好の「蛇含草」<小人閑居日記 2013. 5. 2.>
5835 扇辰の「甲府い」<小人閑居日記 2013. 5. 3.>
5836 志ん橋の「熊の皮」<小人閑居日記 2013. 5. 4.>
5837 喜多八「五人廻し」の前半<小人閑居日記 2013. 5. 5.>
5838 喜多八「五人廻し」の後半<小人閑居日記 2013. 5. 6.>
5839 横浜散策、洋食屋とバンドのパレード<小人閑居日記 2013. 5. 7.>
5840 『舟を編む』を読む、「言葉」の海<小人閑居日記 2013. 5. 8.>
5841 自由な「言葉」の持つ力<小人閑居日記 2013. 5. 9.>
5842 「枇杷の会」西新井大師吟行<小人閑居日記 2013. 5. 10.>
5843 西新井大師吟行の句会で<小人閑居日記 2013. 5. 11.>
5844 「母の日」と「麦」の句会<小人閑居日記 2013. 5. 12.>
5845 句会のシステムは人類の知恵<小人閑居日記 2013. 5. 13.>
5846 「源氏絵と伊勢絵―描かれた恋物語」展<小人閑居日記 2013. 5. 14.>
5847 「嵯峨本」と「留守模様」<小人閑居日記 2013. 5. 15.>
5848 岩佐又兵衛のこと<小人閑居日記 2013. 5. 16.>
5849 『暮しの手帖』の大橋鎭子さん、その生い立ち<小人閑居日記 2013. 5. 17.>
5850  『スタイルブック』から『暮しの手帖』へ<小人閑居日記 2013. 5. 18.>
5851 いいこと、すばらしいことを伝えたい<小人閑居日記 2013. 5. 19.>
5852  山本道子さんの講演「日本人の食と俳句」<小人閑居日記 2013. 5. 20.>
5853 リズムと香り、水を固める、口中調味<小人閑居日記 2013. 5. 21.>
5854 「葛水」、「久助」、トレハロース<小人閑居日記 2013. 5. 22.>
5855 ホルトハウス房子さんの「わたしと和菓子」<小人閑居日記 2013. 5. 23.>
5856 手間をかけ心を込めて作っているか<小人閑居日記 2013. 5. 24.>
短信 5857 年54兆円稼ぐ法<等々力短信 第1047号 2013.5.25.>
5858 犬の伊勢参り<小人閑居日記 2013. 5. 25.>
5859 「御蔭年」と「御蔭参り」<小人閑居日記 2013. 5. 26.>
5860 映画『必死剣 鳥刺し』冒頭の「拍手」<小人閑居日記 2013. 5. 27.>
5861 君側の奸(姦)を斬る<小人閑居日記 2013. 5. 28.>
5862 池脇千鶴の里尾、一夜一生<小人閑居日記 2013. 5. 29.>
5863 武士の愛と自由<小人閑居日記 2013. 5. 30.>
5864 「長沼事件」と福沢<小人閑居日記 2013. 5. 31.>