喜多八「五人廻し」の前半2013/05/05 06:58

 トリは喜多八、いつもの嫌々でなく、割とさらっと出てきた。 ご期待に添 えるかどうかわかりませんが、落語をやらして頂きます、私のようなものでも …、と言う。 寄席が変った。 夜8時半、9時にバラす(撥ねる、終演)。 客 (の住む所)が遠くなった。 昼の方が客が多い。 ご婦人も多くなった。 昔 は、薄ッ暗いような、不良のおっさんがいたものだ。 何の商売でも、ご婦人 に嫌われたら成り立たない。 入り口も華やいだ。 昔は桟敷だったが、今、 畳にしたら、お客様はみえない。 正座が駄目だから、椅子にしないと。 は ばかりも、清潔にしないと。 昔は男女一緒だったが、今は別なのはもちろん、 洋式にしないと駄目。 初めは手前のケツっぺたの汚いのも忘れて、洋式はイ ヤだとか言っていたのが、今じゃしゃがんで出来ない、洋式を探している。 吉 原の花魁も「和式はイヤでありんす」。

 廓も遠くなりにけり。 五十年、半世紀。 なくなって、よかった。 夢の ある内に、消えて行った。 廓噺をなんだかんだいうご婦人もいるが、そうい うもんじゃない。 人情の修練をする所、男を磨く所、みんなイヤイヤ行って いた。 江戸は野郎が多すぎた。 それで廻しを三人から五人、売れっ子だと 七、八人、書入れだと三十六人、荒木又右衛門の敵討ちみたいなのもあった。  ちらりとしか姿を見せないから三日月女郎、新月女郎、月蝕女郎。

 玉(ぎょく)代を取られて、しょい投げを食い、廻し部屋へ。 煙草はなく なる、火は消える。 汚ねえ部屋だなあ、落書きがいっぱいだ。 汚ねえ字だ、 読めねえ、「この楼(うち)は、牛と狐の泣き別れ、もう、コン、コン」。 馬 鹿だねえ、こいつと話がしたい。 「上を見ろ」か、「右を見ろ」と、「ご退屈 でしょう」、ふざけやがって。 天井に足形付けた奴がいる、どうやって付けた んだろう。 隣も、うるせえ。 ぺちゃくちゃ、ぺちゃくちゃ、くすぐったい よ。 どこが…、手伝いましょうか。 うるせえな! 静かになっちゃった、 かえって気になるよ。 仲見世で、腰巻一枚カカアに買った方が安かったな。  カカアは玉取らないし、廻しがない。

 パタン、パタン、パタン。 違うな、俺の敵娼(あいかた)は片足を引きず る、違うな。 前の部屋だ、待ったかいなんか、言ってる。 来たよ、今度こ そ、いかにも待ってたようだから、寝たふりしよう、いびきかくか。 ちょい と、ごめん下さいまし、開けてもよろしゅうございますか。 若え衆だ。 グ ーーッ。 いらっしゃい。 グーーッ。 お目覚めでいらっしゃいますか。 い びきかいて、目開いて、お目覚めだ。 行燈のお油を。 舐めんのかよ。 敵 娼どうなってんだろうな。 お一人様で、いらっしゃいますか。 お半分様だ。  喜瀬川さん、ほどなくお廻りになります、ご辛抱を。 俺はここに奉公に来た んじゃない。 おさみしいことで。 悔やみを言うな。 帰るから、玉をけえ せ。 もっと話のわかる人間に近いのを引っ張って来い。 私は、人間に近く ない? 手前えは出来のいい猿ってんだ。 ヘラヘラすんな。 ここは私が引 き受けておりまして、ほかの者は出せないのが廓の定法になっております。 こ ちとらは、三つの歳から大門(おおもん)を出入りしてるんだ。 お早い、お 道楽で。 (ここで、元和三年幕府が庄司甚右衛門の願い出を許可して以来の、 吉原の歴史が滔々と語られる。)

 なんだ、よくしゃべりやがったね、三つの歳から大門を出入りしたなんて、 おおかた、吉原に捨て子かなんかされたんだろう。