いいこと、すばらしいことを伝えたい2013/05/19 06:39

 大橋鎭子さんは子供の頃からガキ大将で、それが決心したら何としてでも実 行する性格の土台になっているのかもしれない、と書いている。 台所拝見や 外国人のふだんのファッションという企画でも、勇敢というか、猪突猛進とい うか、体当たりの取材に、ほとんど断られることはなかったそうだ。 すまい の中で最も大切なのは台所とリビングルーム(茶の間)であり、昭和33(1958) 年にアメリカ国務省招待の4か月の視察旅行で見てきた、歳をとっても好みの 服を楽しく着て、美しくステキな姿で暮したいという信念が根底にあった。

90歳を過ぎてからも毎日のように出社、いつも何かいい企画はないか、何か 売れる企画はないか、と考えていたという。 週末にデパートや銀座に出かけ ると、人だかりには必ず近づき、「何をやっているんですか」「あなた、何がお もしろいの」と尋ね回る、自称『タネさがし』に励んでいたそうだ。 そして、 理窟、つまり頭で考えた事でなくて、自分で見つけたことや自分の手足を使っ て確かめた、いいこと、すばらしいことを伝えたい気持でいっぱいだった。 思 い立ったらとにかくやってみようの精神だから、かっこ悪いなんて思いもしな い。 万事やりもしないで、できないということはありえない。 そう『「暮し の手帖」とわたし』の巻末に、発行当時の横山泰子社長が書いている。

 『暮しの手帖』で特筆すべきは、商品テスト、それにも関連して広告のない こと、鎭子さんが49歳の時から約40年間連載した「すてきなあなたに」であ る。 この本を読んで、改めて気づいた。 私が育った中延の家で、ブルーフ レームのストーブを使っていたのは、商品テストの影響だった。 私が紅茶を 淹れる時、茶葉を「ポットにも一杯」と心につぶやくのは、「すてきなあなたに」 に教わっていたのだ。 鎭子さんはそれを、お友達で若い頃長くイギリスに暮 した伊藤愛子さんという方に教わり、第二世紀第一号(通巻101号)でこの欄 を始めた時に「ポットに一つ あなたに一つ」と書いたという。 私も、花屋の 店先のバケツに入れられた安い花束を買うことを、山口瞳さんの随筆に教えら れて、「等々力短信」に「一見「すてきなあなたに」風」という一文を書いたこ とがあった。 子供が生れたら、取引銀行の支店長が『スポック博士の育児書』 を祝ってくれた。

 『暮しの手帖』は、その巻頭の言葉の通り、「やがて こころの底ふかく沈んで いつか あなたの暮し方を変えてしまう」のだった。