志ん橋の「熊の皮」2013/05/04 06:31

 「つまずく石も縁のはしくれ」、何事も縁だ。 お金も、円(縁)。 「縁と 命があったら、また会おう」という。 会いたくないと思っていると、電車で 隣に座っていたりして、借金を返せない言い訳をしたりする。 男と女も縁、 縁あらばこそ添い遂げたり、添い遂げなかったりする。 共白髪まで、仲の悪 いのもある。 われわれのほうでは、決まっている。 女房が強くて、亭主が 弱い。 おい、と言われて、はい、と応える。 「おいはい」の夫婦、仏壇に でも入っているよう。

 誰だい、お前さんかい、早いね。 いいんだよ、帰って来たって、でもお前 さん八百屋なんだから、もう一回りして来たらどうなんだい。 大八車に、菜 っ葉一つ残っていない。 売り切れちゃったの、ご苦労さん、お前さんが帰っ て来るの、待っていたんだよ。 何か急用か。 水、汲んで来ておくれ。 お 前さんは男で力がある、私は女で座っている、あんたは立ってる、両手に桶を 持って行くんだよ。 水を瓶(かめ)に入れたら、米を研いでおくれ。 水汲 んだ人が研ぐと、米が喜ぶんだよ。 毎日やれば、お前さんも憶えるんだ。 盥 (たらい)の洗濯物も、洗っちゃっておくれよ。 この派手なのは、お前の腰 巻だろう、こんなの洗えないよ。 それでなくても、甚兵衛さんは女房の尻に 敷かれているって、言われてるんだ。 洗いなさい、って私が言っているんだ から、無精しないで洗いなさい。 日の当る所に、干して来い。 お稲荷さん の鳥居に干した。 まぁいいだろう、上がらないで、もう一つ、横丁のお医者 さんに、お赤飯をもらったから、お礼を言って来ておくれ。 うんと、か? ほ んのひとまたげ(?)、これっぽっち、お屋敷からの到来物のおすそ分け。 裏 口から行って、書生さんに、先生はご在宅か、と聞くんだよ(と、口上を教わ る)。 一番終いに「私がよろしく」って、言うんだよ。 「女房がよろしく」 を忘れたら、当分家に上げないよ。

 先生はご在宿です。 それは医者の符牒か、談判したいことがあって来まし た。 お長屋の甚兵衛さんじゃないか、談判したいってのは。 私はお長屋の 中で甚兵衛さんが一番好きだ、正直だし、頼まれたことは一生懸命やってくれ る。 私は、先生が一番嫌いだ。 甚兵衛さんの、そういう正直なところが、 好きだ。 こっちにも、言い分がある、先生はご退屈ですか、ご退屈ならば、 お目にかかりたい。 しっかりしておくれよ、目の前にいるじゃないか。

 さて、このたびは、お屋敷でお弔い(到来物)がありましたそうで、お石塔 (お赤飯)をありがとうございます、これっぱかり。 いいなー、甚兵衛さん は、こう言いたかったんじゃないか。 先生、ずるいよ、立ち聞きしていたん じゃないですか。 わざわざ、お礼に来ることはない。 そうでしょう、これ っぱかりで。 お屋敷の御嬢さんが病弱で、寝たり起きたり、方々の医者に診 てもらったが、よくならない、わしが診たらご全快、治ったんだ。 珍しいこ とがあるもんで。 そういう甚兵衛さんは、私は嫌いだよ、よかったですねえ くらいのことは、言ってもらいたい。 いい品物ばかり頂戴したが、中でも気 に入っているのが、熊の皮だ。 見たいか、見てくれ、こっちへ来て。 敷い てある、これだ。 大きいものですね。 さわってもいいですか、毛深いです ね。 先生、これって何でできているんですか? 何するもんです。 敷物だ、 夏は涼しく、冬暖かい。 こんな毛深いのを、尻に敷くんですか…、そうだ、 女房がよろしく言ってました。