轟亭の小人閑居日記 　　　馬場紘二

　若林鶴雲さんの講談「慶應讃歌誕生物語～平岡養一の生涯～」のあらすじを 書いて、名前などの確認のため図書館から通崎（つうざき）睦美著『木琴デイ ズ平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』（講談社）を借りてきた。　日米開戦時の、 平岡養一とラ・ガーディア ニューヨーク市長のエピソードが詳しく出ていたの で、紹介したい。

　平岡養一はNBC朝の木琴生演奏のラジオ番組に、昭和6（1931）年3月15 日から、真珠湾攻撃のあった昭和16年12月7日まで、出演を続けてきた。　そ の間、休んだのは三日だけだった。　病気では風邪の高熱で休んだ日だけで、 一度は引越しで疲れ果てていた上に、慶應卒業生の「三田会」に出席して晩く なり寝過ごした日、もう一回は真冬に道路が凍り、どうしても車の移動が不可 能になった日だった。

　真珠湾攻撃の翌日から、放送は前触れもなく途絶えてしまった。　普段の伴 奏ピアニストが、ソロを演奏した。　平岡養一の『私の履歴書』に、こうある そうだ。　「ユニティー・ハウスのモリス・ノービック（ニューヨーク市長の 下で市の放送関係を担当、WNYC初代所長、「公共放送」という言葉を生み出 した）から電話があり「ニューヨーク市長のラグアディアが私たち一家の生活 費の面倒をみるから、戦争が終わるまでわれわれの山荘に来ないか」と言って きた。これには私も深く心を動かされ、一時はほとんどその気にもなったが、 ニューヨーク市長という公職にある人が、敵国人を保護しているとなれば、政 治的に傷つく可能性は大きい。友情豊かな市長の親切ゆえの申し出であるから こそ、これは受けてはならない、やはり日本に帰るべきだと心に決めた。」

　このエピソードを裏付ける記事が、1942（昭和17）年3月5日の『ニュー ヨーク・タイムズ』紙に掲載されている。　放送に出演しなくなった平岡養一 のために、ラガーディア・ニューヨーク市長、平岡が住んでいるアパートメン トの隣人、ニューヨーク・フィルのメンバーが立ち上がったというのだ。　ラ ガーディア市長は3月1日、WNYCの番組「ニューヨーク市民へ」に出演し、 最初に平岡に演奏をさせた上、「私はニューヨーク市長として、平岡さんへの信 頼を証明するのには、一緒に番組に出演することが最善の方法だと思いました」 「ありがとう、マエストロ・ヒラオカ。私は、アメリカに対するあなたの忠誠 心を、あなたの友達全てが保証してくれるだろうと、確信しています」と述べ た。

　音楽好きで知られたラガーディア・ニューヨーク市長を立ち上がらせるきっ かけになったのは、平岡の妻・静子の手紙だった。　市長は放送で「私がビド ル司法長官の要請で「所謂、敵国人の登録と処置法」についての所見を放送し た後、あるアメリカ人の夫人から短信を受け取りました。その夫人はアメリカ 生まれの二児の母で、同時に日本人の妻でした。彼女は敵国人というという難 しい立場にいながらも、国への忠誠心を持ち続けていることを訴えました。私 は、そのすぐれた芸術家が誰なのかすぐにわかりました。その人こそが、たっ た今私の番組で演奏してくれたヨウイチ・ヒラオカです。」と述べた。