扇遊の「大山詣り」後半2013/07/08 06:28

 先達さんとこのかみさん、山へ行った連中のかみさんをみんな集めてくれ、 話がある。 お山は無事に済んだんだ、藤沢の宿で、だれかが金沢八景を見よ うと言い出した。 舟で横須賀、米ヶ浜の御祖師様(瀧本寺)にも参ろうとい うことになった。 伊豆屋という船宿、天気が良すぎる、南風が吹いていた。  烏帽子島の外に出て、船頭が妙な顔をして、黒い雲が気になるという。 あた り一面真っ暗になって、雨がザーザー、ものすごい風になって、波がドーーー ン。 横波を食らった。 艪が折れて、船頭が海に落ちた。

 気がつくと、浜に打ち上げられていて、お前だけが助かった、あとは海の藻 屑だ、と聞かされた。 これを伝えなくてはと、恥を忍んで帰って来た。 み んなは百年千年待とうが、もう帰って来ないんだよ。 ワーーッ。 お光さん、 泣くんじゃないよ、ほかの子は驚くかもしれないけれど、私は驚かないよ、こ の人は“ほら熊”“千三つ”ってんだよ。 熊さん、いい加減にしておくれよ、 どうしてそういう嘘をつくんだよ。 冗談いっちゃあいけねえ、姐さん、俺は これで一人高野に籠って、みんなの菩提を弔おうと思って、ほら、この通りだ。  と、かぶっていた手拭を取る。

ワーーッ、かみさん連中が一斉に泣き出す。 わたしは、井戸に身を投げて 死にます。 すすめるわけじゃないが、緑の黒髪をぷっつり切って、菩提を弔 うのが夫婦というものじゃあないか、貞女の鑑だ。 私が尼になれば、あの人 は喜ぶだろうか。 喜ぶ、喜ぶ、キャアキャア言って。 若いかみさん一人坊 主にしておけないと、先達さんのかみさんも坊主になったものだから、私も私 もと、残らず貞女の鑑になった。 手前のかみさんだけ、そのままにしておい たってんだから、ひどい奴があるもので。

熊の家で、念仏が聞こえるぞ。 ずいぶん大勢だよ。 熊が先に帰っている ぞ。 途中で追い越して行った三枚で帰ったんだ。 尼さんばかりだ。 あれ、 真ん中に熊公がいて、鼠入らずの前にいるのは、お前のかみさんに似てる。 ア ラーーッ、うちのカカアだ。 残らず坊主にしちまったんだ。

さあ、さあ、亡霊がそこまで、迷って、来ているよ。 浮かんで下さい、亭 主と名のつく者は、もう持ちませんから。

あれ、足があるよ。 あたし、坊主になって、きまりが悪いよ。 やい、な んで俺のカカアを坊主にした。 お前まだ草鞋を脱いでないぞ、怒っちゃいけ ねえ、「きめしき」破ると、二分ッつ取るぞ。 大変だ、先達さん、おたくの姐 さんまで坊主にされちゃいましたよ。 あらあ、きれいなもんだね、青々とし て、まるで冬瓜(とうがん)舟が着いたようだ。 ワッハッハ、いやぁこれは めでたい。 およしよ、カカアがみんな坊主にされて、めでたいことがあるも のか。 いや、めでたい、お山が無事に済んで、帰ってきたら、みなさんお毛 がなかった。