喬太郎の「錦木検校」後半2013/07/04 06:32

 錦木、雨に濡れて、高熱を出し、長屋でひと月も寝込む。 隣の源兵衛が、 どうだ具合は、カカアが粥をつくった、卵が入っている、と。 錦木は、もう だめだ、首をくくったら、どんなに楽かと思うけれど、どこが梁か、どこに踏 み台があるか、わからない、死ねねえんだ。 酒井雅楽頭が隠居をして、長男 は病身、女の子は養子を取らず、三男が跡を継いだ、この格三郎が人物でシモ ジモのことがよく分かる、ご名君だそうだ。 源兵衛さん、今の話は本当か。  起き上がって、おれア、検校だよ。

 お殿様にお目にかかりたい。 アポは? 汚くて臭い奴だ、と、さんざん打 ちつけられる。 中村吉兵衛さんは? ご重役だが、お名前を知っているとは、 と話を通す。 構わないから、通せ、となる。 殿様の傍らに、家臣一同が居 並ぶ。 異な香りがするな、按摩は金貸しもすると聞く、烏金(からすがね… 日歩で借りる高利の金銭、翌日元利を返済。夜明けに烏の鳴く頃、返済すべき 金)一分がかりの借金取ではないだろうか。

 面(おもて)を上げい、即答を許す。 大名になったよ、お前は名人だな、 身体だけでなく、私の心もほぐしてくれた。 そればかりではない、父を疎ん じ、憎んでおったかもしれない。 よき友と申すものは有難い、お前はそれも ほぐしてくれたな、お前が大名にしてくれた。 錦木は咳き込み、バチが当た ります、まことにおめでとうございます。 帰るな、錦木、約束したことを憶 えているか、お前を検校にする、と。 皆の者、よく聞け、この錦木は、検校 である。 一分貸して、検校か、私も十両貸せばよかった、と家臣。 お前は、 私の友だ。 錦木、激しく咳き込み、倒れる。 早く、医者を呼べ。 医者が 駆け付け、脈をとる。 事切れております。

 お前は、私を恩知らずにするつもりか。 お前に聞いてほしいことが、たく さんあった。 筆を持って来させ、「検校錦木ここに眠る」と書いた。 酒井雅 楽頭、若き日の逸話でございます。