正蔵の「雛鍔」 ― 2015/03/15 06:57
黒い羽織に灰色の着物の正蔵、雛祭の話で始めた。 ウチにも姉が二人おり まして、おりますんで、母がお雛様を飾りました。 わくわくするもので、鯛 の尾頭付に、はまぐりのお吸い物、干ぴょう、椎茸、錦糸卵、何かポロポロし たものをかけたちらし。 明くる朝、起きると、きれいに片付いている。 お 嫁に行き遅れるってんで、早めに片付ける。 それでウチの姉二人、嫁に行き ました。 まさか、戻ってくるとは思いませんでしたが…。
どうしたんだい、お前さん、早いね、具合でも悪いのかい。 仕事してんの、 いやになんちゃったんだ。 お屋敷の池のところで、松の枝を下ろしていたん だ。 田中三太夫さんが、若様がお通りになるから、手を止めろ、と。 紋付 羽織袴で、ちょこちょこと、お付の者が5、6人、まわりをかこんでいる。 池 の所で、穴あき銭を拾って、不思議そうな顔をして、じっと見ている。 爺、 これは一体なんじゃ、とお尋ねになる。 銭を知らないんだよ、驚いたね。 三 太夫さんは教えないで、何だと思召しますか、と聞く。 若様、四角い穴があ って、表に字、裏に波の絵、しばらく考えていたが、にっこり笑って、お雛様 の刀の鍔ではないか。 不浄の物、お捨てになりますよう。
利発なのに感心してな、若様おいくつになられますかと、三太夫さんに聞い た。 お八歳にならせられる。 来年はオクサイ、ウチの金坊と同じ齢だ。 金 坊はいつも銭くれ、銭、銭だ。 それにひっかかって、いやんなっちゃったん だ、あんな素直な心を持たしてやりたい。 ウチは、お金に遊んでもらうよう なもんだから。 金坊が、後ろで聞いてたよ。 お前は、そんなことは言えめ え。 言ってやるから、お足を落っことせ。 馬鹿。 お小遣いちょうだい。 駄目だ。 おっ母さんがあげるから、遊んでおいで。 よく聞け、今度からは、 品物で渡すんだ、素直な心に育てようじゃないか。
八っつあん、いたね。 旦那。 座布団を出せ、穴があるから、ひっくり返 せ、あ、穴が大きくなった。 お前さんに話がある、誤解を解きにきた。 酒 を飲んだ時に来て、啖呵を切ったそうだな、こんな家は出入りはヤメだ、と。 それだけのことがあったんだろう。 番頭じゃない、この私が悪いんだよ。 こ の年になると早く片付けたくなってな、それを番頭が察して、しるべの植木屋 があるというので、植え替えぐらいならいいかと思った。 機嫌を直して、ウ チの仕事をしてくれないか、この通りだ(と、頭を下げる)。
建前で酔っ払って通ったら、知らねえ職人が仕事をしていたんで、つい、し くじったな、と思って、今日謝りに行こうか、明日行こうかと、旦那がわざわ ざ来て下すって、事をわけて話して下さる。 羊羹を出しな。 古い? 一昨年 の正月のやつだ、大丈夫だ。 菜っ切包丁はいけねえ、ネギの臭いがつくだろ う、羊羹の箱のふたでグッと切るんだ。 羊羹のふたをなめるんじゃねえ。
金坊が帰って来た。 こんなものを拾った、なんだろうねえ、これなあに? 白々しい奴だ。 お雛様の刀の鍔かなあ。 うるせえ。 ちょっと待っておく れ、おたくのお坊っちゃんかい、お足を知らないようだけれど。 ウチのジャ リ公で。 大様に育ててるのかい、恐れ入ったね。 カカアがお屋敷で行儀見 習いしたもので…。 そのおカミさんが、羊羹のふたをなめるとはね。 職人 のお前さんの育て方が見事だ、嬉しいからお小遣いを上げたいが、お足を知ら ないんじゃ、どうしよう、手習いの道具は揃えたかい、私に心配させてもらえ ないか。
金坊、まだ持っているのか、そんな物うっちゃっちゃえ、不浄の物だから…。 いやだよう、これでもって、焼芋を買うんだ。
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