読書と「引き出す」<等々力短信 第1098号 2017.8.25.>2017/08/25 07:11

「等々力短信」に対して最近、高校からの友人は、「夫婦そろって楽しみにし ています。小生はだんだん完璧になり過ぎて、“間抜け”のところがほしい感じ がしますが…。」と、手紙をくれた。 閑居していて珍奇な体験をすることもな いし、世の中のことを論評する力もない。 どうしても読んだ本から、あれこ れ紹介することになる。 盆暮に長文のお手紙を下さる方がいる。 短信で紹 介した本を、近くの書店で探すのだが、ほとんどは取り寄せになるので、本屋 さんとは顔見知りになったそうだ。

 「“一日の読書時間ゼロ”と答えた大学生が五割に達した」という調査結果が 報じられた。 全国大学生活協同組合連合会が2月、全国の国公立私立大学30 校を対象に、10,155人から回答を得た。 “読書する”と答えた学生の平均読 書時間も、一日に24・4分で、スマートフォンの利用時間は平均161・5分だ そうだ。

丹羽宇一郎さんの『死ぬほど読書』(幻冬舎新書)の広告に、「本を読む人に しかわからないことがある」「本に代わるものはない」「読書の真価は生き方に 表れる」とあった。 想像力は現実を生きていく上で、とても大事なものだ。  本を読んでさまざまな生き方や思考を体験できれば、想像力はどこまでも伸び、 世界はそれだけ広がる、というのだ。 丹羽さんの考える教養の条件は、「自分 が知らないということを知っている」ことと、「相手の立場に立ってものごとが 考えられる」ことの二つだそうだ。

 読書が脳に与える影響を研究している、脳生理学の酒井邦嘉東京大学総合文 化研究科教授が、以前NHK「クローズアップ現代」で語っていた。 「本を 読むという行為は決して情報を得たいというためにやるわけではなくて、むし ろ『自分の中からどの位引き出せるか』という営みなのです。」 川端康成『雪 国』の「トンネルを抜けると雪国であった」という書き出しを読む時、まずは 言葉を視覚で捉え、次にその意味を理解しようとする。 このとき脳では、ど んな景色なのか、主人公はどんな人なのか、イメージを補おうと、視覚をつか さどる部分が動き出す。 すると、過去に見た風景の記憶など自分の体験と照 らし合わせて考えたり、自分で得られた情報から更に自分の考えを構築したり する、想像をふくらませるプロセスを経て、場面のイメージが脳のなかに出来 上がる。 読書による、こうした一連のサイクルが、想像力を養い、人間の持 っている創造的な能力がフルに生かされることにつながる、と考えられている のだそうだ。

 教育educationは、ラテン語のeducatio「引き出す」に由来し、能力を「引 き出す」と聞いていた。 大学生は全く読書をせずに、もっぱらインターネッ トから「引き出す」。 実はこの短信、試みにネットから色々「引き出」して書 いてみたのだが…。

柳家わさびの「ぞろぞろ」2017/08/25 07:14

 22日は、第590回の落語研究会、蒸し暑い日だった。

「ぞろぞろ」     柳家 わさび

「にゅう」      柳家 喬太郎

「薮入り」      林家 正蔵

       仲入

「質屋庫」      柳家 一琴

「派手彦」      柳家 小満ん

 今世紀最大の拍手を有難うございます、と出た。 さん生の弟子でわさび、 去年の正月「強情灸」を聴いていた。 痩身で毬栗頭、灰茶色の着物に、黒紋 付の羽織。 拍手に心が籠っているかどうかは、分かる。 噺家も、お客様に 届くように、心を籠めて話さなければ…。 コンビニの挨拶、マニュアル通り できれいだが、こっちに言ってる気がしない。 噺のまくら、フリートーク、 お客様と心を通わせるよう、相手に言うように、やっている。 下手なりに考 えているのね、すごいね、と言われた。 テレビに向かって独り言を言ってい るのや、猫に話しかけている猫好き、季節の変わり目に現れて何か言っている 人と同じ。 神社で拝んでいる神頼み、三浪なんです、よろしくお願いします とか、命の危機にさらされている時、心が籠る。 飛行機に乗っていて、ガク ッと落ちたことがあった。 その時は一心に拝んだ、隣のお婆さんは南無阿弥 陀仏とやっていた。

 浅草の観音様の裏手、田圃の中にお稲荷さんがあって、近くに一軒、寂れた 茶店があった。 婆さん、退屈だなあ、客が来ねえなあ、そろそろ店をしめよ うか。 今、開けたばかりですよ、お稲荷様にお参りするといい。 観音様ま で足を延ばすか。 私は毎朝、お稲荷様にお参りして、花を替えたり水をやっ たりしていますよ。 爺さんが橋の所までやって来ると、幟が落ちていた。 正 一位太郎稲荷大明神、届けてやるか。 煙草銭しかありませんが、と賽銭箱へ 入れた。

 お爺さん、それはいいことをしましたね、ご利益がありますよ。 どんなご 利益だい? わからない。 いつご利益がある? わからない。 そこへポツ ポツ雨が降って来た。 ご利益ですよ、お爺さんが帰って来てから、雨が降っ て来た。 すると、盆を返したような大雨になった。 幟を届けて、お参りを してなきゃあ、ずぶ濡れで、風邪を引いて、あの世へ行っていたかもしれない。

 ちょっと、休ませてくれ。 ひょっとして、お客様ですか。 茶をくれ。 何 かつまむものはないか。 駄菓子でしたらありますが。 その白くて、丸いの は何だ。 薄荷のお菓子で、二年前は三角でしたが、角が取れた。 カビ臭い な、よそう。 いくらだ。 六文で。 だいぶぬかるんで来たな、草鞋(わら じ)はあるか。 十六年前の売れ残りが、ぶら下がってます。 いくらだ。 八 文。 お気をつけて。 婆さん、ご利益だな、半年前に奥から出してきたら、 性(しょう)が抜けてて、塩漬けにして戻したんだった。

 草鞋はあるかい。 草鞋は、さっき売れちゃつて…。 そこにぶら下がって るじゃないか。 どうぞ。 八文。 ありがとうございます。 草鞋、そこに ぶら下がってんの、くれよ。 八文。 草鞋。 八文です。 天井から新しい 草鞋が、「ぞろぞろ」と下りて来る。 婆さん、見たか。

天井から新しい草鞋が「ぞろぞろ」と下りて来るのが大評判となって、朝か ら八文を持った行列が出来る。 浅草から文京シビックセンターまで並んだ。

 茶店の前に、寂れた床屋があった。 主が昼間から手前の髭を抜いている。  向かいの茶店は何だ、お互いに客になりっこをして、慰め合っていたのに。 話 を聞いて、ありったけのお賽銭を持って、お稲荷さんに行って来た。 親方、 店を留守にしちゃあ駄目じゃないか、早いとこやってくれよ、髭だけでいい。  親方が、客の髭を当りますと、髭が「ぞろぞろ」「ぞろぞろ」。

 柳家わさびの「ぞろぞろ」、とてもよかった。 親孝行の信心深い娘を登場さ せない演出が、すっきりしていた。