丸山眞男さんと『脱亜論』〔昔、書いた福沢131〕2019/10/18 07:09

        丸山眞男さんと『脱亜論』<小人閑居日記 2002.3.6.>

 5日、朝日新聞夕刊文化欄の「テーブルトーク」は、飯田泰三法政大学教授 で「『丸山眞男手帖』と日本学、アジアの視点生かして」。

『手帖』最新号では、丸山の日本学士院での報告「福沢諭吉の『脱亜論』 と その周辺」をテープから起こして掲載した。 近代日本のアジア侵略の思想的 背景には、福沢の「脱亜入欧」論がある、という認識が一般化しているが、福 沢はそのようなことは言っていない、ということを論じたものだ。 「最近の 一連の福沢批判は実は丸山批判なんですね。 丸山は、しょせんナショナリス トだった、という」。

 丸山眞男さんの、福沢の「脱亜入欧」についての見解は、「等々力短信」でも 繰り返し紹介してきた。 最近は、861号「明るい「戦前」」(平成11.11.25.)。  丸山眞男さんは「『脱亜』という言葉は時事新報のある日の社説の題目に一度つ かっただけですし、『入欧』という言葉は福沢はつかっていない」(『三田評論』 昭和59年11月号)と指摘している。

 あらためて、『時事新報』明治18(1885)年3月16日のその論説、『脱 亜論』(『福沢諭吉全集』第十巻)を読む。 中国も朝鮮も、日本のように、早 く儒教体制を脱して、西洋文明を取り入れるべきだ、取り入れなければ西洋列 強に呑込まれて国が滅ぶ、という議論である。 それなのに、中国と朝鮮は、 儒教主義の殻に閉じこもって、無理に西洋文明を避けている。 日本は地理的 に、中国や朝鮮と接しているため、西洋の人に同一視されてしまうから、外交 上、故障が生じ、不幸である、という。 頼りない中国や朝鮮に対して、少し 厳しい言葉はあるけれど、つまりは一歩先にそれを採用した日本からの「西洋 文明による開化のすすめ」なのである。 私は、先日の中国の大学での、ブッ シュ(子)大統領の演説を連想した。

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