『文明論之概略』の主題を四つにまとめる[一][二]2021/03/13 06:52

『文明論之概略』全編に現れる主題とそれに関連する副次的なテーマは、文明史、国民国家の形成、主体の形成とその方法、知識人の課題の四つにまとめることができよう。

[一]文明史への問いが、全編を貫いている。 この本の文明史は、どこまでも日本における国民国家の形成という課題を考える枠組として、それと不可分だった。 国民国家の形成が、文明の進歩の歴史の中心に位置づけられている。 人類の文明の始まりから説き起こして、文明進歩の終極―「文明の太平」―を展望し、かつ世界の諸文化を比較するというひろがりをもっている。 文明の進歩をとらえる角度も、進歩の段階論、人間の関心・活動分野の「単一」から「繁多」への多元的分化、「徳義」から「智恵」へ、「情愛」から「規則」への比重の変化などと複眼的である。 具体的な記述もヨーロッパと日本の比較史、日・中の比較史、幕末・維新の同時代史と、歴史をとらえる関心の移動に応じて多様である。 抽象的理論―「無形の理論」―を説明するために「史論」を用いるのが福澤の手法で、全編のいたるところに、興味深い歴史論がちりばめられている。 福澤は日本に文明を「始造」し、「独立」を確保するために、西洋産の文明史を活用しながらも、それからも「独立」して、国産の文明史を「始造」しようと企てたということも出来る。

[二]国民国家の形成という主題は、このような文明史の枠組の中に緊密にくみこまれている。 明治新政府の国民国家建設の政策において、国家の枠組が先行して国民の形成がとり残されあるいは阻害されるのを福澤は、「日本には唯政府ありて未だ国民あらず」(『学問のすゝめ』)と批判したが、『文明論之概略』においては、それが「王代」以来の「国勢」に起因することが明らかにされた。 福澤は、非西洋圏の日本における、国民国家形成に固有の困難をはっきり見抜いていた。 当面短期的には、文明は国民国家としての独立の手段にほかならぬ関係を明らかにし、西洋文明受容の適切な方針を示した。 しかも同時に、長期的には、文明こそが究極的目的であることをゆずらず、国家が消滅する「文明の太平」までを期待したのだった。