柳亭市馬の「将棋の殿様」前半2023/12/08 06:58

 士農工商のてっぺん、お大名、初代は戦さを生き抜いた猛者だが、何代か経つと、ちやほや育てられ、お世継ぎをつくることだけの役割、ご無理ごもっともの、ぼんやりした人物で。 皆、集まったか、幼少の折、将棋を覚えた。 将棋を指そうと思うが、どうだ。 ご教授を。 見事な盤が用意される。 楽屋で指すのは、せこな板の盤で、香車がなくてボタンが代わりだったりする。

 一局、相手をいたせ。 余の駒も並べよ。 先手と後手と、どちらが有利か? 先手必勝と申します。 余が先手じゃ。 盤上の角、成るように、角道を開ける。 恐れ入ります、余りに見事な手で。 いちいち、頭を下げるな。 手前は、こういうことに。 その歩を取ってはならん、無礼者、逆賊! 私の番ですので。 その方の番であっても、こちらが不都合じゃ、何かほかの手にいたせ。 では、端の歩をつくことに。 では、余はこの歩を取る、戦さはなかなか思うようにはいかんものだ。 何じゃ、これは、飛車がわが陣中に成り込んで、駒を取っておる、目障りである。 どうか憐憫の沙汰を持って、お見逃しを。 泣いて懇願に及ぶか、では、わが飛車も手前の陣中に成り込ませてくれれば、許す。 途中に、金銀がございます。 金銀があっても差し支えない、芝居の宙乗りだ。 金銀は目障りじゃ、取り片付けよ、手討ちにいたせ。 その亡骸の駒を、こちらに寄こせ。 余の掌中で、息を吹き返しおったわ。 金銀は余の下で働く。 広々としてきたな、王手じゃ。 その方は、弱いな。

 この調子で、相手をした家来は、後から後から、負ける。 藤井八冠でも、お取替え、指し控え、取り片付け、お飛び越しでは、敵わない。

 いつまで続くのか、また盤が出ていたぞ、お呼び込みだ。 皆、弱くて面白くないので考えた、勝った者が鉄扇で、負けた者の頭山(つむり)を打つことにしたい。 勝てば、殿を打ってもよろしいので? 勿論じゃ。 お許しが出たぞ、末代までの武者の誉だ。 お取替え、指し控え、取り片付け、お飛び越しは、なさらないのでしょうな、身の為に伺っておきますが? まあ、不都合な場合は、それもあると心得よ。

 貴殿から、こちらへ参れ。 不都合な場合が、甚だしくある。 鉄扇で、ターーーッ! 有難き幸せ。 家来の頭は、みんな瘤(こぶ)だらけ。 そこもとは、瘤がないな。 昨夜はあいにく代わる者がなく、瘤と瘤の間が地続きになった。 道理で、頭が曲がっている。

 病気で休んでいた、ご意見番の田中三太夫が、やってくる。 皆の者、素面、素小手の稽古でもしたのか。 実は、殿に将棋で負けて、鉄扇で打たれまして。 そうか、今日はこの三太夫が敵討ちをしてやろう。