柳亭市馬の「将棋の殿様」後半2023/12/09 07:05

 おう、爺ではないか、体はもうよいのか。 全快とは参りませんが、今日は天気が良いので参りました。 殿には昔、将棋をお教え致しましたが、だいぶご上達のご様子、間に鉄扇が賭かっておるとか。 三太夫はよい、余の情けじゃ。 この薬缶頭はへこみません、ご遠慮なくお手合わせを。

 将棋盤を持て。 駒を並べろ。 将棋は畳の上の戦さ、並べ方もご存知ないのでは、大将は務まりません、ご自分でなさりませ。 余が先に参るぞ。 ヘタは先と申します。 角道を開けるぞ。 ヘタは角道を開ける、と申します。 その方は、速いな。

 これ、この桂馬は取ってはならん、指し控えよ、不都合じゃ。 そんな訳には参りません、これは戦さ、この駒はいただきます、命にかえても。 ご尊父なら、そんなことはなさらなかった。 取れ! 余は、こうじゃ。 (勝手に取った)その飛車は、お返しを。 (殿様は駒を)投げ返す。 飛車は大将も同じもの(と、三太夫は元に戻す)。 塀際まで攻め寄せられて、漫然としているのは、間抜け大将のなさること、兵あっての国でござる。 それでは、殿、王手。 そこに金があっては、余の行く所がないではないか。 詰みじゃ、負けじゃ、余の。

 お約束通り、鉄扇をばご拝借、武士に二言はないはず。 三太夫、築山の紅葉を見よ。 三太夫若きより、一刀流片手打が得意で。 指をポキポキ鳴らして、殿、ご免。 それでも頭ではなく、膝頭をピシッと打つ。 痛い! ポロポロッと涙、打ち直しには及ばん。 盤を片付けよ。 明日より、わが藩で将棋を指す者は、切腹を申しつける。