美しさについて<等々力短信 第958号 2005.12.25.> ― 2005/12/25 07:42
環八の玉川田園調布から、自由が丘を通り、目黒通りに抜ける道は、私が銀 行やパン屋やドラッグストアの使いに行く道だ。 途中、大井町線の踏切があ り、そのすぐ先の緑道にいつも警官が二、三人待っている。 踏切で一時停止 しない車を、捕まえるのだ。 自由が丘が賑わう時には渋滞する道なので、少 しスイスイ走れば、つい一時停止を怠りがちだ。 横を歩きながら、少し手前 で教えてあげたい気持になる。 スピード違反を検挙するいわゆる「ネズミ捕 り」と同じで、どこか美しさに欠けるように思う。
みずほ証券の誤発注問題で、与謝野馨金融・経済担当大臣は13日、証券5 社が自社の資金でジェイコム株を大量に取得していたことを、「美しい話ではな い」と述べたことが報道された。 それを受けてか、日本証券業協会と利益を得 た証券会社の間で、利益の自主拠出の話も出ている。 いかにも日本的な解決 法で、これはおかしい。 判明している中では最大の約120億円の利益を得た とされるUSBグループなど、外資系の会社は、本国や株主にどう説明するの だろうか。 不当に利益を返却したとして訴訟を受けないのだろうか。 キッ タハッタの証券市場、本来美しいものではないはずだ。
そんなことを考えたのは、藤原正彦さんの『国家の品格』(新潮新書)を読ん だからだ。 藤原さんは「戦後、祖国への誇りや自信を失うように教育され、 すっかり足腰の弱っていた日本人は、世界に誇るべき我が国古来の「情緒と形 (かたち)」をあっさり忘れ、市場経済に代表される、欧米の「論理と合理」に 身を売ってしまった」という。 「論理と合理」を剛とするならば、「情緒と形」 は柔で、硬い構造と柔らかい構造を相携えて、はじめて人間の総合判断力は十 全なものとなる。 日本人が古来から持つ「情緒」、あるいは伝統に由来する「形」 とは、自然への感受性、もののあわれ、懐かしさ、惻隠(他人の不幸への敏感さ) の情、などだ。 そうした「情緒」を育む精神の形、すなわち道徳として、「武 士道精神」を復活すべきだと、藤原さんは主張する。 江戸の武士は金がなく、 「武士道精神」という美徳を最も忠実に実践しているという一点で、人々に尊 敬された。 それは金銭よりも道徳を上に見る日本人の精神性の高さの現れだ、 という。
今回の誤発注問題の解決に、「論理と合理」を抑え、惻隠の情という日本的美 しさが、世界で認められるだろうか。 日本『国家の品格』、「情緒と形」が世 界に通用する普遍性を持つだろうか。 かなり難しいといわざるをえない。
ある「クリスマスの思い出」 ― 2005/12/25 07:43
毎月送っていただく、すえもりブックスのニュースレター“Pacheパシュ” (http://www.suemoribooks.co.jpでも見られます)の巻頭は、タシャ・チューダ ーの『すばらしい季節』の挿絵に飾られた、末盛千枝子さんの「クリスマスの 思い出」だった。
戦後の子供の頃、日曜ごとにご一家で(父上は彫刻家の舟越保武さん)世田谷 から四谷の聖イグナチオ教会に通っておられたという。 当時の四谷駅のまわ りは、今と全く違っていて、美しく、のどかで、教会や、上智大学の古い校舎 や、そのまわりにあった宗教関係や外国の本を扱う本屋さんのたたずまいが、 忘れられない思い出だそうだ。
カトリック教会ではどこでも、クリスマスの時期になると、幼子イエスを迎 える馬小屋の飾り棚が置かれる。 そのころのイグナチオ教会は、ドイツの人 たちの協力で建てられたものだったので、その美しい馬小屋もドイツからきた ものだったと思われる、という。 その脇には、毎年きまって細い銀色のモー ルが飾られただけのシンプルな、それは美しい大きなクリスマスツリーがあっ た。
あるクリスマスの朝、ミサが終ると、なんと馬小屋の前にウイーン少年合唱 団の少年たちが集まり、クリスマスの聖歌を歌い始めたのだそうだ。 そこに 居合わせた人たちにとっては夢のような出来事で、末盛さんにとっては、忘れ られないクリスマスだという。
昨日NHKが放送していた国際共同制作の『クリスマスツリー物語』による と、クリスマスツリーの起源は仏独国境のアルザス地方にあり、ドイツで流行 し始め、やがて世界中に広がっていった。 最初はモミの木にリンゴや砂糖菓 子が飾られ、それからその下に置くプレゼントを模した小さな木のおもちゃや ロウソクが、そしてチューリンゲン山地で作られるガラス玉が飾られるように なる。 聖書に記載のないイエスの誕生日が12月25日に決められたのは、冬 至、つまりこれからは日が長くなる太陽の祭に合わせたのだというのも、この 番組で初めて知った。
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