『勇気ある人々』2005/12/06 09:27

 ジョン・F・ケネディ著『勇気ある人々』の読書メモから。  (1)ジョン・クインシー・アダムズ(1767-1848) 自党連邦党の政策や選挙区 の意志に抗しても自説を通す。 反対党大統領ジェファソンのルイジアナ購 入・通商禁止令を支持する。 そのため上院議員の地位を去る。 後に第6代 大統領。

 (2)19世紀前半、南北の衝突を地域的な利害を越えて何とか避けようとした 人々。   デニエル・ウェブスター(1782-1852) 北部の奴隷制廃止論者であったのが、 1850年に内戦への危険が高まった際に出たヘンリー・クレイの妥協案を支持し、 連邦の維持を何よりも優先した。 そのため選挙区を始め多くの非難の中に死 んだ。

 トマス・ハート・ベントン(1782-1858) 奴隷州ミズーリ出身の古参上院議員。  カルフーンの「議会は准州への奴隷制の発展に干渉する権利はない」という決 議案に反対。 州や選挙区よりも連邦の維持に努力。 上院選で落選。

 サミュエル・ヒューストン(1793-1863) 奴隷州テキサス出ではあるが、連邦 を支持して、上院議員を辞めさせられ、州知事の座を追われた。

 (3)19世紀後半、上院は憲法問題・地域問題から経済問題へと、その主題を 移し、権威を失墜させていた。

 エドマンド・G・ロス(1826-1907) リンカーンの後を受け南部の寛大な再建 政策をとったA・ジョンソン大統領の弾劾に対して、共和党員でありながら無 罪を主張し、大統領制を救った。

 ルシアス・クィンタス・シンシナタス・ラマー(1825-1893) ティルデン=ヘ イズ不正大統領選、銀貨自由鋳造運動などで、ミシシッピー州議会の決議にも かかわらず、自分の信念を貫く。

 (4)19~20世紀をはさんで、上院はかなりその権威を落としていた。 しか し直接選挙へ転換し、次第に国際的問題において重要な決議をするようになっ た。

 ジョージ・ノリス(1861-1944) ウィルソン大統領の提案、そしてそれを圧倒 的に支持する世論に抗して、米国の第一次世界大戦への参戦に反対した。(1917 武装商船法案に対するフィリバースタリング) 1928年、反対党民主党の大統 領候補アル・スミスを支持。

 ロバート・A・タフト(1889-1953) 英米法の伝統を守るためにニュールンベ ルグ裁判を非難した。 世論はまったく逆であり、1948年、彼は大統領候補に 指名されなかった。