桂二葉の「向う付け」2024/09/12 06:55

「林家正楽 切り絵」展

 落語研究会を待つ間、よみうり大手町ホール下の3階で紙切り名人「林家正楽 切り絵」展を見て、座っていたら、前を桂二葉さんが展示を見ながら通った。 「二葉さん、楽しみにして参りました」と声を掛けたら、間髪を入れず「お手柔らかに」と返された。 「TBS落語研究会の出番でした」というXの二葉さんのツイートを引用してポストしたら、二葉さんが「いいね」をつけてくれた。

 上方の膝隠しを置いて、すっきりした黒の着物、細かい白の模様がほんの少し飛び飛びに入っている(Xの写真を拡大すると、梅の花やモミジの葉に見える、刺繍か)、白系統太い横縞の帯。 (やや左向きの姿勢)とびきり高い声で、昔、無筆、字の書けない人がいたと始まる。 松ちゃん、字を書くのやってな、アホやないか。 あんた、大変だよ。 火事か! 差し押さえか! 大家の十一屋のご隠居さんが、お隠れになった。 どこに。 死なはった。 くたばったのか。 くたばったは、ないやろ。 おくたばりあそばした。 えらいこっちゃ。 あんさん、お世話になったんだから、ごりょんさんの所へ行って、あんじょう言わなあかん。 イヤミか。 悔やみ。 普通に言えばいい。 本日は御日柄もよろしく……。 それは、婚礼。 承りますれば……。 ウーー、ワーーッ、口上は難しい。 腹、減ってる。 向うに、ぎょうさんご馳走こしらえてあるから、腹八分目にね。 お咲、行ってくるで。

 お弔いは、陽気なところがある。 中で涙流して、外で笑うのがいる。 アホの喜ィか、待ってた。 ウーー、うけたまわりますれば……。 奥で、ごりょんさんに言え。 あんたなら、何言うても、罪がない。 喜ィさんやないか、とうとうこんなことになって。 カカアが大変だよ、ってんで。 火事か! 差し押さえか! といったら、ご隠居さんがお隠れになったてんで、どこにと訊いた。 それなんで、本日は御日柄もよろしく……。 朝から初めて、笑わせてもらいました。 うけたまわりますれば……。 ご隠居さんは死んだんでない、追々ごりょんさんも……、向うでご一緒に、迷わず成仏なさる。 あとは、ご飯を腹八分目。 喜ィさん、阿倍野の斎場で、帳付けを頼まれてくれるかい。 はい。

 帳付けって、何だ。 カカに、訊いてやろ。 あんた、帳付けを頼まれたんか。 受付で字を書く役だよ、このスカタン親父。 しくじったか、今夜、北海道へ逃げよか。 あとで確かな人にも頼むだろうから、まずお茶菓子を買うて行き、先に帳面三冊、筆を揃え、墨を磨っておいて、次に来る人に帳付けを頼む、掃除とかお茶とか他のことはみんなやらせてもらいますと言うんだ。

 ここが阿倍野の斎場か、十一屋の帳場はどこで? 角を曲がったとこや、十一屋の帳場と書いてある。 それが読めたら、苦労はしない。 あんた、帳場を頼まれて来たお方ですか、さあどうぞ、どうぞ、きれいに掃除して、帳面三冊、筆を揃え、墨を磨ってあります。 上座に座って下さい。 さては、おたくも無筆で……、私もその口上を覚えて来たのに、先にやられた。 私は北海道へ逃げますから、あんたは九州へ。 同んなじでんな。 帳付けを知らなんだで、引き受けた。 覚悟しなはれ。 帳面を向うへ向けて、銘々付け、「向う付け」、本人の遺言により、ということにしましょう、腹くくりなはれ。

 和泉屋佐太郎と、願います。 本日は、銘々付け、「向う付け」でお願いします、本人の遺言で。 そうですか(と、自分で)、和泉屋佐太郎、と書く。 で、あなた方は、何をなさる。 銘々が、付けるか、付けないか、検分の役で、よろしいか。 田中屋、仙吉、と願います。 ケッタイ屋、竹三郎。 あんたら二人、のきなはれ。 八百屋、岩松。 大工、岩五郎。 最初の筆の立つ人が引き受けてくれ、締めまでやってくれて、よかったですね。 ごりょんさん、あの人に頼めばよかったのに。 早く仕舞って。

 左官の又兵衛と、願います。 帳付けは終わりで。 懐から、帳面が見えてる。 「向う付け」でお願いします。 けったいなお帳場でんな、字が書けまへんが、葬れん送りに来たんで、書いてくれませんか。 実は二人とも、よう書きまへんので、ここは三人の内緒にしときますんで。