白系ロシア人2008/03/28 08:17

 子供の頃「白系ロシア人」という言葉はよく聞いていたが、漠然と「色の白 いロシア人」だと思っていた。 白系の反対語が、赤色だとは、思わなかった のである。

 あらためて平凡社の『世界大百科事典』によれば、「白系ロシア人」とは、 1917(大正6)年の十月革命後、ソビエト政権をうけいれずに祖国を去った、 あるいはソビエト政権に対立する白衛軍を支持し、その敗北後国外に亡命した ロシア人、である。 十月革命以前の支配階級に属する地主、資本家、内戦期 に白衛軍に加わった将軍、将校、兵士、一部の知識人、および彼らの家族など から成り、1917-21年にその総数は200万人にのぼった。 彼らの主要な亡命 先は、ドイツ、フランス、ポーランド、チェコスロバキア、フィンランド、バ ルト三国、バルカン諸国、中国、アメリカ、カナダなどであり、とりわけドイ ツ(60万)とフランス(40万)が亡命者のセンターとなった。 日本にも「白 系ロシア人」は来たが、1924(大正13)年末(日ソ国交正常化の前年)の在 日ロシア国籍者814名という数字に見られるように、その数は世界の「白系ロ シア人」の中のごく一部を占めたにすぎない、という。

 私が「白系ロシア人」で思い浮かべるのは、スタルヒンだ。 旭川中学から、 巨人軍に入った、プロ野球黎明期の名投手、伝説の沢村栄治とならぶ名前だ。  戦後の私が子供の頃は、金星スターズや高橋ユニオンズに在籍していた。 ヴ ィクトル・スタルヒンは1916(大正5)年、帝政時代のロシアに生れ、ロシア 革命の際、一族の中に王党派がいたため革命政府から迫害され、1925(大正14) 年一家で日本に亡命した。 上の814名という数字には、スタルヒン一家も含 まれていることになる。