ポプラ社の「百年文庫」『音』2010/12/04 07:21

 先日ぶらりと寄った新宿の紀伊國屋書店の南店で、ポプラ社の「百年文庫」 が陳列してあるのが目に入った。 全体に白っぽくて、すっきりとしたデザイ ン、文庫とはいいながら、新書サイズで字も大きく、読みやすそうな感じ、手 に持った感触もツルツルでないのがいい。 百冊出る内の、五十冊が10月に 出たらしい。 『女』『宵』『妖』『畳』『絆』など漢字「一文字」に代表させて、 一冊に三人の日本と世界の作家の名短篇が、つまりたった三篇ずつ収録されて いる。 試しに「5」という番号の『音』を買ってみた。 幸田文「台所のお と」、川口松太郎「深川の鈴」、高浜虚子「斑鳩物語」。 本体750円。

 実に読みやすい。 「旧字・旧仮名づかいで書かれた作品は新字・現代仮名 づかいに改めました。また、読みにくい漢字にふりがなを加え」たという為だ ろうか、でも「原文の味わいをできるだけ損なわないよう、あて字や変則的な 送り仮名はすべて原文のままとしました」という。 短篇が三篇というのも、 簡単に読み切れて、達成感を得られる。 こういうのを「手頃」というのか、 その「塩梅(按配)」が絶妙だ。 旅行などに、一冊持って出かけて、読むのに 最適だろう。

 『音』を選んだ原因になった「斑鳩物語」については、別のところに書いた ので略すが、「深川の鈴」にも「台所の音」にも、ずんずん引き込まれてしまっ た。 川口松太郎、読んだことはなかったが、大衆小説で一世を風靡し、大映 や新派の要職を務めた、その人については何となく承知していた。 浅草生れ の文学少年だったが、久保田万太郎の短篇『今戸』を読んで感激、師事した。  その後、講釈師・悟道軒円玉の家に住み込んで講談速記の手伝いをしながら、 江戸文芸や漢詩を学び、1923(大正12)年帝劇創立十周年記念の脚本募集に 応募した『出獄』が入選し、作家デビューを果す。 「深川の鈴」は、その時 代を描いた自伝的短篇だが、なんとも沁みるものがある。 「深川の鈴」を含 む連作『人情馬鹿物語』が読みたくなった。