鎌倉アカデミアと横浜市立大学2017/05/27 07:07

 22日、K’s cinemaで『鎌倉アカデミア 青の時代』の上映後、大嶋拓監督 と横浜市立大学の高橋寛人教授のトークショーがあった。 「鎌倉アカデミア」 閉校2年後の昭和27(1952)年、三枝博音は横浜市立大学文理学部の教授と なり(60歳)、何人かの鎌倉アカデミアの教授も横浜市立大学で教鞭をとった。  三枝博音は文理学部長になり、70歳で学長にもなっている。 横浜市立大学は、 横浜の南にあり、鎌倉アカデミアの大船校舎にも近く、鎌倉アカデミアの流れ を受け継いでいるとも言われている。

 そうした鎌倉アカデミアと横浜市立大学の関係があって、教育学専攻の高橋 寛人教授は、鎌倉アカデミア創立記念祭には60周年の時から参加し、鎌倉ア カデミアを伝える会のメンバーにもなっていた。 4月24日、大嶋拓監督は高 橋寛人教授の「人間科学論」という授業に参加し、『鎌倉アカデミア 青の時代』 の一部を観せて、教授と対談し、学生たちに感想文を書いてもらった。

 82名の学生たちは、いつもより量の多い、以下のような感想を寄せたそうだ。  たいへん啓発された。 90歳前後になった時、映画の中の証言者のように70 年前の学生時代を生き生きと語れるのだろうか。 学べる喜びを感じた、今は 当り前のように教育を受けられるのだが…。 自分たちの学ぶ場所のことを、 自分たちで考える、学生が学問の主体で、教師の給料まで学生が決めたという のに、驚いた。 教壇がなく、上から目線でなく、同じ目線で、ともに考える 授業に感心、などなど。

 大嶋拓監督と高橋寛人教授の対談では、こんな話題が出ていた。 三枝博音 は治安維持法で1か月拘禁され、二度と学生の前に立てないと思っていたが、 「思想文化」は駄目でも、「科学技術」は研究できると考えた。 入学式で、権 威主義的な、制度化された大学を批判した。 兵士だったり、勤労動員された りしていた学生たちは、本当の学びに喜びを感じた。 人間的で、立派な教授 達が、自分達と同じ立場で、教え、共に学んだ。 映画で、大船時代について、 3期生がよい評価をしているのが、意外だった。 三枝博音にとって、廃校は 断腸の思いだった、学生の転学をいろいろと運動している。 最近、文科省に よって軽視されている人文系の学問が大事で、すぐ役立つことだけじゃあ困る。  人生は長い。

 三枝博音は、昭和38(1963)年11月9日、帰宅途中の国鉄横須賀線、鶴見 事故で突然亡くなった。 71歳だった。