御曹司派と三階派、中村小山三2019/04/10 07:20

 歌舞伎のことを描いた落語、例えば柳家小満んの「中村仲蔵」で役者の階級 と年収の話が出る。 「千両役者」は千両二分二朱一本(二百文と言った。一 本は銭緡一本に差した銭100枚、1文銭で100文、4文銭で400文だそうだか ら、二本だったか?)。 千両役者は江戸三座で、各一、二名。 名題は、四、 五人、500~300両。 名題下、相中は、30~20両。 中村仲蔵は子役だった が15,6歳で一旦辞め、どうしても芝居がしたくて19歳で改めて旧師匠伝九郎 の所へ行く。 中村座の一番下っ端の立役、年7両の稲荷町(楽屋に祀ってい るお稲荷さんの奥の暗い部屋)から散々苦労したが、団十郎の声掛かりで中通 り(名題下の三階級の中位)に上がって大部屋へ。

 大部屋に入ると、台詞がつく。 「申し上げます。○○様、お着きでござい ます」 中通りになると、体は暇になる。 もう世帯を持っていたので、家で 下駄の下拵えの内職をしていた。 ある時、ご家老役の団十郎に、「申し上げま す。」と言って、あとを忘れた。 団十郎の所へつかつかと寄り、耳元で「親方、 台詞を忘れました」と言うと、「心得た。これへと申せ」 謝りに行くと、「役 者は機転が利かなくちゃあいけない、よくやった。いい役者になれ」と言われ た。 すぐ内職を断わった。 それからは、ひと様の芝居をよく見て、芸熱心、 芸気違いといわれるようになり、29歳で名題に昇進した。 大部屋出ではなれ ないはずの名題まで出世したのは、初めてのことだった。 屋号は栄屋、俳号 は秀鶴という。

 現代の歌舞伎で、この役者の階級が、どうなっているのか、その一端が、関 容子さんの『中村勘三郎楽屋ばなし』で垣間見られた。 「友達のこと」の章 で、十七代目中村勘三郎が子役のころのいたずら仲間として、志げると琴次郎 を挙げている。 二人とも本来は六代目菊五郎の弟子の身分だったのだが、六 代目の引き立てがあって、それぞれ後に志げるは西川流家元西川鯉三郎、琴次 郎は尾上流家元尾上菊之丞になっている。 十七代目は、「ぼくはこれでも御曹 司派になるんで、封建的なことを言えば一緒に遊ぶような身分じゃない。しか しぼくはどちらかと言うと三階派の子役のほうに親しみを持ってたし、向うも そんなぼくを煙ったがらなかったからね。三人でよく遊んだものです。」と語っ ている。 あるとき鯉三郎の志げるに、「坊ちゃんなんて呼ばないで、波野さん て呼んでよ」と言うと、翌日そっと「昨日はほんとにどうも有難う。嬉しかっ たです。それならぼくのことは星合と呼んで下さい」なんて手紙を渡したとい う。

 十七代目の大阪時代、九州の宮崎に旅興行に行った。 一番荒れているころ で、相変わらず酔っ払っていて、弟子の蝶吉(小山三…長く中村屋に仕えた人 で、十八代目や現勘九郎・七之助に密着したテレビでよく見た)をつかまえる と、「おい、花札やろう」って言った。 「わたし、花札なんか知りません」「そ んなことはないよ、三階で皆やってるじゃないか」「でもわたしは知りません」 なんて押し問答になったんで、十七代目は癇癪を起して、そばにあった置時計 をいきなり投げつけた。 するとそれが障子を突き抜けて、下を流れている川 にポチャンと落っこっちゃった。

 中村屋のあるところ常に小山三がある。 六歳が初舞台で、そのとき十七代 目は少年だったが、小山三の顏がカニに似ているというので、この幼い弟子に 書き抜きを包むための、黒地に白の絞りでカニの模様の美しい袱紗を贈ってく れたことを、小山三ははっきり覚えているという。

 昭和57年4月、新橋演舞場の新装開場の杮葺(こけら)落しの日、十七代 目はめでたく「式三番(しきさんば)」の翁をつとめたが、幕が開くと翁につく 後見が、厳粛に火打石を打って舞台の四隅を浄めて回る。 空気のピンと張り つめた客席に向って、最後に正面切って立ち、石を打つ小山三の晴れ姿が、関 容子さんには、ボッとにじんで見えたという。

 昔、市村座の三階には、真ん中に囲炉裏の切ってある六畳ほどの部屋があっ た。 そこにはいつも大鍋がかかり、「菜番(さいばん)」と呼ばれる当番が煮 炊きをして、幹部以外の役者たちはそこへ来て、めいめい食事をしたものだそ うだ。 一階ごとにそれぞれの長(おさ)のような役者が自然に決り、目を光 らしているから、大部屋の人たちの鏡台前も、キチンとかたづいていた。 中 二階は女形ばかりいるところで、昔の役者は女形のことを「お中二階」と呼ん だものだという。

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