五街道雲助の「もう半分」前半2019/07/07 07:18

 今晩のお掃除役でございます。 怪談噺は彦六師匠がやっていた。 引き抜 きと言って、紋付きから小弁慶格子の単衣ものに替ったり、いろいろと趣向を こらす。 私はやらない、お金がかかる。 怪談噺もどき、怪談噺のようなも の、なのかな。 本所林町の粗末な煮売り酒屋、ちょっとした小上りがあって、 一杯八文で売ろうという。 今夜はやけに蒸しやがる、降り出して来やがった ぜ。 おっかあ、雨だぜ、客も来ねえから、こっちに上がって一杯やんな。

 六十三、四の爺さん、痩せて色の浅黒い、頬骨が出て、目のギョロリとした、 黄色い歯を二、三本のぞかせ、つぎはぎだらけの着物を着て、まだ、よろしゅ うございますか、と。 とっつあんかい、しょうがないな。 半分、頂きたい。  ああ、旨い。 この世に極楽があるとすれば、この時ばかり。 もう半分、頂 きたい。 意地が汚いんでございましょうな、半分ずつ、数頂くと、たんと飲 んだ気がする。 こちらのお酒は下りで、おいしゅうございますな。 いつも 同じだ。 もう半分、お願いします。 今日は、荷がないんだな、休みかい。  お店のある方は、幸せで。 もう半分、頂きたい。 賄いの冬瓜を煮たの、半 分どうだ。 これは、よく煮てありますな、こうして煮て頂くと、商売冥利で。  勘定はいつもの通りでよろしいんで。 もう半分、頂きたい。 お鳥目はここ に置いておきます。 この暑さ、酒の力がないと寝ることもできない。 また、 お出でなさい。

 とっつあん、包みを忘れて行った。 汚ねえ包みだなあ、やけに重いぞ、金 が入ってる。 五十両じゃないか、よくせんのことだ、届けてやろう。 お前 さん、いつも何て言っているんだい、忘れて行った方がいけないって。 そっ ちへ入れておけ、箪笥の奥に放り込んでおけ、家探しされてもいけない。

 すみません、包みがなかったでしょうか。 そんなものはなかったな。 大 事の金で、不審番にお訴えすると、この店の名前も出さなければならない。 耳 を揃えて五十両。 手前エ、俺の家を強請りに来たのかい。 両国の市で仕入 れた亀戸大根や小松菜を商って、四十文、五十文の稼ぎなんだろう。 はなか らお話しなければなりません、私は深川八幡の前で青物問屋をしていましたが、 後引き上戸で身を持ち崩し、去年の暮、女房が病みついた。 女房の連れ子で 二十一になる娘が、私がなんとかする、吉原という所へ売ってもらいたい、と。  仲之町の朝日丸屋で百両の値がつき、諸々引きで五十両出してくれた。 あれ がないと、娘に合わせる顔がない。 もう一度、見て頂けないか。 そんな大 事な金、なぜ体から離した。 もう飲まないと約束をして、飲んだ私が悪いの でございます。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
「等々力」を漢字一字で書いて下さい?

コメント:

トラックバック