日航事故全権デスクの連敗2005/12/23 08:45

 日航事故全権デスクとしての悠木和雅はどうなったか。 北関東新聞は朝刊 だけの発行だ。 現場雑感を8月14日朝刊に載せることが出来なかった佐山 には、「見てきたこと」を80から100行の長い記事に書けと命じて、若い自衛 隊員が事故現場で懸命に働いている記事が出来た。 8月15日朝刊の一面ト ップで扱おうとすると、上から横ヤリが入る。 自衛隊ネタの、しかも美談は、 まずいというのだ。 社長(杉浦直樹)に直談判すると、「職、失いたいか」と言 われてしまう。

 中曽根康弘首相の靖国神社公式参拝のニュースが飛び込んで来た8月16日 朝刊は、トップを靖国にするか、日航機事故でいくか、判断を迫られる。 悠 木は、上野村の遺体安置所の体育館前に、地元選出の中曽根康弘、福田赳夫両 氏からの花輪が並んでいる写真をトップにすえることで、日航機事故を選んだ。  佐山の同僚の社会部記者神沢(新井浩文)が、事故調査委員会のメンバーが「圧 力隔壁が壊れた」と言ったのを、立ち聞きする。 事故原因らしいが、はっき りしない。 調査団にぶつけて、大スクープにしろと命じるが、口を割るはず はない。 佐山を応援に出し、事故調にいる大学時代の教授に当らせることに するが難航、新聞の締め切りが迫る。 悠木は「大久保・連赤」の時に使った 手、配送トラックの鍵を隠して印刷の時間をかせぎ、編集局と販売局は全面衝 突になる。 佐山からの連絡は「多分」ということで、裏が取れない。 その 日、小さな子供を連れて地元の新聞ならくわしいのではと、新聞を買いに来た 事故被害者の妻に「本当のことを書いてくださいね」と言われていた悠木は、 「事故原因は圧力隔壁の破壊」のスクープの掲載を止め、土下座する。 だが、 そのニュースは毎日新聞が抜いていた。

 さらに悠木は、5年前に顔写真に関連して死んだ一年生記者の従姉妹でジャ ーナリズム専攻の女子大生の投書の採用を、編集局中の懸念を押して強行する。  それは一般の交通事故と連日報道される日航機事故の間に、新聞の人の生命の 扱いに軽重があるというものだった。 苦情電話が殺到し、悠木は社長に退社 するかと迫られ、山間の通信部でその後の記者生活を過すことになる。

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