柳家三三の「碁泥」2022/10/05 06:59

 三三、髪を七三にきちんと分けて、すっきりした表情で出た。 小三治の晩年、苦悩している様子の時期があって、ちょっと心配していたのだ。

 碁将棋に凝ると、親の死に目に会えないという。 長年の碁仇が、お前さんと当分の間、碁が打てないと言い出す。 家内から苦情が出た。 昼間は商売を一生懸命やって、碁は夜、時間を決めて、時間になると打掛にしているのに。 いつもの八畳の座敷、敷物を除けて盤をのせる。 家内が敷物を除けると、畳に黒い丸いものがポチポチ、焼け焦がしがあった。 碁を打っていて、夢中になると、煙草の火玉が畳に転がっても、気付かない。 一歩間違ったら、一大事になる。 だけど、好きなものをやめると、身体によくない、我慢できない。

 何か、手はないか。 池ん中で打ちましょう。 池は、いけません。 いつもの八畳に、大きなタライを置いたら。 そんなタライは、ないよ。 八畳をトタンで覆ったらどうか。 今晩、間に合わない。 やっぱり、池の中か。 秋、もう冷たい、風邪を引くし、深いだろう。 少しは我慢しなければ、立って打つ。 盤は、どうする? 盤の脚に紐をかけ、二人で首からかける。 遺骨収集団だ。 石は? 腰に魚籠を下げる。 暗いでしょう。 提灯をかざして。 提灯を左手に持つと、煙草が喫えない。 鉢巻きに、蝋燭二本立てるか。 よしましょう、無理だ。

 煙草を喫わないで、打つというのは、どうだろう。 煙草は、お互いに我慢できない。 われわれの碁だ、15分から20分、30分かからない。 打ち終わったら、隣りの部屋で、プカプカ喫えばいい。 目が回るまで、喫う。 碁と、煙草を、分けたらよい。 (おかみさんも)それなら、よろしゅうございます。

 この部屋、この部屋、お清、煙草盆を置かないで、今日はいつもと違うんだ。 次の間に、煙草盆を置いてくれ、お茶とお菓子も、な。 碁は碁、煙草は煙草だ。 碁は碁、煙草は煙草だ。

 あんた、今日は打つ手が厳しいね。 ここを、覗きタバコ。 繋ぎタバコ。 伸びタバコ。 跳ねタバコ。 切りタバコ。 ちょっと待って、迂闊な手は打てないな。(と、煙管に煙草をつめて、煙草盆の火を探す) おーーい、お清、火がありませんよ。 (おかみさん)持ってっちゃ、いけないよ。 大きな声を出して、夜分、ご近所の目もある。 お清、軒先のカラスウリ、熟れたやつを二つ三つ、煙草盆に埋め込んで、持っといで……、いいから、いいから。 夢中になっているから、気がつかない、笑わないで。

 火がないよ、遅いじゃないか。 いつまで、ひとの顔を見ているんだ、襖をピタッと閉めて、行きなさい。 煙管をくわえ、顔を煙草盆へ持っていって、「うまい!」 どうです、おかみさん。 よかった。 おかみさんが、女中を連れて、湯へ行く。

 そこへ泥棒、やってる二人より、碁が好き。 今日の仕事は、よかったよ。 聞こえてるよ、どこかでパチン、パチン。 この部屋か、誰もいないよ、煙草の仕度だけだ。 その向うだ。 (覗くと)やってる、やってる、いいねえ、盤は厚みがあるし、石もいい。 どういうことになっているのか、ここじゃ見えない。 (開けて入る)なるほど、互先ですな。 隅を攻めないですか、そこは考え所ですな、そこは違います。 つないだほうがいい。 余計なことは、言わないように、岡目八目、助言は無用。 そこは、攻めないと。 黙って見ている分にはいい。 見かけない人だね。 見かけない人、と(石を打つ)。 何か言わないで。 大きな荷物、と(石を打つ)。 大きな荷物、背中に背負って、お前は誰だい。 泥棒なんです。 泥棒はよかったね。 泥棒さん、よく来たね。