福沢の『孤独な心境』2014/11/22 06:43

 金文京さんは、そこから具体的に福沢の漢詩を紹介し、その意味や背景をく わしく説明してくれた。 初めは最初の漢詩(全集「詩集」通し番号(1))な どに見られる『辛辣な諧謔』だったが、それは略し、『孤独な心境』から書いて みる。 福沢には、孤高、凄絶な先覚者の孤独が表れている詩がある。

 (8)題團扇之畫 品川夜景  団扇の画に題す。品川夜景

品海水清夜四更。  品海の水清く夜は四更(午前二時頃)

孤舟欲睡々難成。  孤舟に睡らんとして睡りは成り難し

杜鵑一蹶掠波去、  杜鵑(とけん・ホトトギス)一蹶し波を掠めて去れば

御殿山頭月有聲。  御殿山頭 月に声有り

【訳】(『福澤手帖』141)真夜中の品川の海、月に照らされた清い水面にぽつ んと一艘だけ浮かんだ小舟、舟の上の人はなかなか寝つけずにいるらしい。そ のときホトトギスが波を蹴るように水面から飛び去り、御殿山の上で一声鳴い たが、それはあたかも御殿山にかかった月が鳴いたかのように聞こえた。

 古句に「一声は月が鳴いたかほととぎす」というのがあると、富田正文先生 の『福澤諭吉の漢詩三十五講』(福澤諭吉協会叢書)にあるが、安政6(1859) 年端唄集『改正 哇袖鏡(はうたそでかがみ)』に、「ひとこえは月がないたか時 鳥(ほととぎす)、いつしかしらむ短夜に、まだ寝もやらぬ手枕(たまくら)に、 男心はむぐらしい。おなご心はそふじゃない、かたときあわねばくよくよと、 ぐちな心でないてゐるわいな」とある、品川は遊廓だった。 福沢は日本の音 曲が好きで、子供たちに習わせたりした。(当日記、2014.7.19.「福沢諭吉は邦 楽を嗜んだか、という質問」、7.20.「福沢家の琴・三味線・尺八、萩岡松韻の 思い出」、7.21.「福沢の「観劇」と「歌舞伎座」」) 『百人一首』後徳大寺左 大臣(藤原実定)「ほととぎす鳴きつる方をながむればただ有明の月ぞ残れる」。

 福沢の詩は、団扇に描かれた絵の風景を詠んだもので、自分の経験を述べた ものではない。 孤独と病的なまでに鋭敏な一種の心象風景であって、そこに 遊興の影は微塵もない。