TPPでは「食の安全」が懸念される2016/02/20 06:38

 図書館で見つけた本の一冊に、文春ムック『文藝春秋オピニオン 2014年の 論点100』(2014年1月刊)があった。 パラパラやったら「TPP交渉開始」 の項目に、甘利明経済再生担当大臣の「TPPは日本再興の切り札だ」と、鈴木 宣弘東京大学大学院教授の「TPPで遺伝子組換え食品が大量に流入する」が目 についたので、借りて来た。

 甘利明大臣のそれは4ページにわたり、「グローバル・バリュー・チェーン」 「対内直接投資三十五兆円」「国益を最大限実現する」という見出しが立ってい るが、驚くべきことに、農業に触れているところは、一行もない。

 ここで取り上げたいのは、鈴木宣弘教授のほうである。 松尾雅彦さんの講 演を補足することになり、昨日の神門善久さんの話にあったモンサントが出て 来たからである。

 鈴木さんは、「食料は軍事・エネルギーと並んでまさに国家存立の三本柱だ、 と世界的に言われているが、日本ではその認識が薄い。しかし、一次産業をお ろそかにしたら、食料の量的確保どころか、質的確保も難しくなることを認識 しなければならない。」という。 2008年の世界食糧危機の際に、ハイチとか フィリピンとかコメを主食とする国で、コメが買えずに死者が出る事態となっ た。 コメの在庫は世界的には十分あったが、不安心理で各国がコメを売って くれなくなったためで、「それというのも、米国の食料政策によってコメの関税 を極端に低くしてしまったために、いつのまにか自国でのコメ自給率は低下し、 輸入依存状態が形成されていたからだ。コメ生産大国である日本も、こうした 事態が他人事でなくなりかねない。」

 そこから、松尾さんから聞いたのと同じ話になる。 「米国の食料戦略の一 番の標的は、日本だと言われてきた。第二次世界大戦後、余剰小麦の援助など も活用して戦略的に日本の食生活変革が行われた結果、アメリカの小麦や飼料 穀物、畜産物なしでは日本の食生活が成り立たない事態となり、食料自給率は すでに39%まで低下した。」 その上、「食料の量的確保についての安全保障の 崩壊が、同時に質的な「安全性」保障をも崩す事態を招いているのである。TPP はこの事態にとどめをさしかねない。」とするのである。

 TPPで何より懸念されるのは、食の安全基準が緩和されることだと、鈴木さ んは言う。 「BSE(牛海綿状脳症)は2013年2月1日にすでに輸入条件を 緩和したが、防腐剤・防カビ剤は日米2国間協議の重要事項に挙がっている。 米国のTPPの農業交渉官の一人は、アメリカの食戦略を握るモンサント社の前 ロビイストであるから結果は「推して知るべし」である。」 動植物の衛生・検 疫に関する国際基準(SPS協定)では、各国の置かれている自然条件や食生活 の違いも勘案して、科学的根拠に基づいて、各国がSPS基準より厳しい独自の 基準を採用することも認めているが、米国の交渉官は、まさに「各国が決める 権限がある」ことを問題にしている。 TPPにおいては米国がチェックして変 えられるシステムに変更するという目論見だ。

 なかでも懸念されるのは、遺伝子組換え表示義務撤廃による、遺伝子組換え 食品のさらなる流入だという。 ヨーロッパでは遺伝子組換え作物の安全性が 未だ確定していないために、原則的に輸入も生産も制限している。 一方、現 在の日本では、遺伝子組換え食品の5%以上の混入については表示義務があり、 また「遺伝子組換えでない」という任意表示も認められている。 すでに日本 では、食用油や醤油、清涼飲料水や菓子類に使われる大豆由来のコーンスター チなど、任意表示ゆえに、遺伝子組換え原料由来の食品を気づかず摂取してい ることが多い。 そこで表示義務が撤廃されれば、消費者は非遺伝子組換え食 品を食べたいと思ってもわからなくなる。

 「遺伝子組換え種子の販売は穀物メジャーであるモンサント社など数社のシ ェアによって多くを占められている。」「食料については、米国の穀物メジャー、 種子・農薬を握るバイオメジャー、食品加工業、肥料・飼料産業、輸出農家な どが、例外なき関税撤廃で各国の食料の生産力を削ぎ、食品の安全基準などを 緩めさせる規制緩和を徹底し、食の安全を質と量の両面から崩して「食の戦争」 に勝利することを目指している。」というのである。

 鈴木宣弘教授の言う通りだとしたら、何とも恐ろしい。 注意して、よく見 ていなければなるまい。

 関連の本として、中村靖彦著『TPPと食糧安保 韓米FTAから考える』(岩 波書店・2014年)がある。 中村靖彦さんは、元NHK解説委員、東京農業大 学・女子栄養大学客員教授。