古今亭志ん輔の「宗珉の滝」後半2018/04/04 06:33

 紀州和歌山藩の重役、木村又兵衛が湯浅屋に泊まり、細工している音を聞き つけて、彫金師が泊っているのか、と聞く。 横谷宗珉の弟子で、若 いが結構な物をつくります。 殿のご機嫌のよい時に、話をしてみよう。 木 村様から、そういうお話があった、精進いたせよ!  長いトンネルを抜ける と、原っぱに出る。 慢心はしないが、安心する。 宗次郎は、止めていた酒 を飲む。 昼の酒は、実に美味い。 渋谷、円山のおでん屋、外に仕事してい る足が見えるところで、蟹味噌でぬる燗なんて、たまんないでしょ。 ホッピ ーもいい、モツ焼きで。 木村様から提案があった、紀州のお殿様の小柄に不 動明王を、鍔(つば)に那智の滝を彫れ、と。 これが師匠の耳に入ったら、 江戸に戻れる。

 駄目なのは、酒を止めないこと、酒込みで100%だ、と。 NHKで賞を取っ た二ッ目の気持。 生涯日本一だと思ってしまう、これが罠。

 旦那、これならどうにか納まりますかな。 木村様、いかがでしょう。 ち ょっと待て。 いかんな、殿様は沓脱ぎに叩きつけられた。 何が悪いのかは わからぬが、いま一度同じ男に彫らせてみろというお言葉だ。 今度こそ、酒 を飲むな、精進潔斎して、身を清めてから、仕事にかかれ。 素人は、そう言 う。 酒を運ばせながら、彫ったのを、今度はいかがでしょう、と届けた。 い かんな、殿様は泉水に放り込まれた。 だが、同じ男にもう一度とのお言葉だ。  もうおよしになった方がよろしいのでは、木村様にご迷惑をかける。 いやで すとは言えない、ただ紀州の殿が何で、一人の職人にそんなに気を入れるのか。  宗次郎をお試しになっているのだろう。

 わかったよ、今度こそ。 酒を好きなだけ飲みな、飲んだら出てけ。 宗さ ん、怖いんじゃないのか、まだ若いんだろ、一から出直しなさい。 人生にい っぺん、まともに向かわなければならないことがある。 ごめんなさいませ。  宗さん、どこへ行く。 藤吉、見て来なさい。 駄目です、帰れない、旦那の 顔を立てるまでは家に帰れないって言って、滝を見てました。

 宗次郎は二十一日間、滝に打たれて、断食をすると、サブザブ滝に入って行 った。 よく宗さん、踏ん切ったね、私もやりますよ、断食を。 お前さん(女 将)も、店の者もみんなだ。 藤吉を呼びなさい、お前さんも、お客さんもや るんだよ。 権現さま、宗次郎が無事に帰りますように。

 祈りが通じたのか、宗次郎が帰ってきた。 宗さん、ちょっと体を戻してか ら、彫ったらどうだ。 今、絵があるんだよ、この絵が消えない内に、かかり たい。 旦那、宗さん陰気ったらありゃあしない。 八日目の朝、出来たか、 今度こそ納まるよ。 納まらなかったら、いっしょに死ぬ。

 今までで一番ひどいようだが、行ってくる。 木村様。 雑だな。 殿様は 書見している。 木村又兵衛は、気が気じゃない。 ウーーン、又兵衛、見事 である。 これを見よ、今までのは、きれいに仕上がっておった。 ここから 出ておる、念というか、気というか。 見ろ! 懐紙に、滝の図の鍔から水が 走った。 宗次郎と申す者、目通り許す。 百石で紀州家お抱えとなり、後に 二代目横谷宗珉を許される一席。