電話番号(等々力短信 第412号)2023/04/22 07:04

      電話番号<等々力短信 第412号1986(昭和61).12.15.>

 『三田評論』の11月号に、詩人の岩谷時子さんが「絵本と千枝子さん」という題で、末盛千枝子さんのことを紹介している。 『あさ・One morning』の受賞を祝うパーティで、この絵本の文章を書いたのが、千枝子さんの妹のカンナさん、そして、お父様は彫刻家、「千枝子さんのなかに芸術家の血が流れている」ことを、初めて知ったと、岩谷さんは書いている。 しかし、お父様のお名前はない。 例の『画家』に、はさんであったパンフレットで、妹のカンナさんの姓が、「舟越」であることを確認して、私は安心した。 彫刻家の舟越保武さんという方が、この7月から、日本経済新聞夕刊のコラム「あすへの話題」の火曜日を担当している。 その文章が素晴しい。 10月28日の「電話」が、特にいいと、教えてくれたのは、兄である。

 「長野の山荘に、長女と孫二人を連れて行った。二年前の初秋であった。/谷川のほとり、林の下で孫達は楽しくとびまわった。小学三年と一年の男の子、この子達の父は、前の年の夏、突然死んだ。/孫達は、亡くなったパパのことを口に出さない。前の年にはパパの運転する車で、この山荘に来たのだ。孫達の胸の中には、パパと遊んだ前の年のことが、しきりに思い出されているはずなのに、一言もパパのことを言わない」

 翌日大阪から、長女の友達が、男の子を連れて合流し、三人の男の子達は、一日中秋の陽をあびて、あそびまわる。夕食後、その友達の御主人から電話がかかった。大阪の子が、電話にとびついて、山の中で今日一日遊んだことを、弾んだ声でパパに話した。

 「電話が終わったとき、それまでじっと聞いていた一年坊の孫が、うつむいたまま、ポツンと一言「うちのパパからは、電話が来ない」と言った。私は、その時の長女の胸の中を思い、何も言えず辛かった。/意外にも、長女は、とびきり明るい声で、/「こっちから、電話してごらんよ、パパに」/と言った。/「電話番号しらないもん」/「105番にかけて聞いてごらん。天国の電話番号は何番ですかって」/孫の顔に一瞬、緊張が走った。/孫はその時、耳の奥に、パパの声を聞いていたに違いない。室内がしいんとした。/少しして、孫は「やあだよう」と言って、急いで遊びの中に入って行った。/リンリンと鳴くコオロギの声の中で、みんな、それぞれの想いに沈んだ」

 引用しているうちに、ワープロの画面がボーと霞んだのは、機械の故障ではない。

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