駆け引きと、権謀術数うずまく世界2013/08/29 06:29

 佐伯泰英さんの『狂気に生き』第一部の、「パスカル・ペレスへの旅」に戻る。  百田尚樹さんの『「黄金のバンタム」を破った男』によると、昭和29(1954) 年の白井義男とのタイトルマッチ前にパスカル・ペレスの鼓膜が破れた一件で、 20年以上後だが、佐伯泰英さんはペレスのマネージャーだったラズロ・コシィ から決定的な証言を得ている。 コシィは非常に狡猾なマネージャーとして知 られていた。 コシィは「ペレスが鼓膜を事前に破っていた」と語ったという。  その試合、ペレスのファイトマネーは2千ドル、怪我による延期の違約金は千 ドルで、ペレス陣営は千ドルを払うことによる延期を選んだというのだ。 百 田さんは、わざわざ不名誉になるそんな嘘をつく理由がないから、恐らく真実 であろうと考え、汚いとか卑怯とかいうよりも、ボクシングの持つ駆け引きの 恐ろしさにぞっとした、と書いている。 当時、世界チャンピオンの価値は、 今とは比較にならないほど高く、挑戦権を得るまでには幾重もの壁があって、 二度目のチャンスはまずないと言ってよかった。

 延期試合当日11月25日の後楽園球場は、強い雨だった。 昼過ぎ、試合は 翌26日に延期される。 朝すでに計量を済ませていた白井は、食事を終えて いて、再び予定外の減量をしなければならなくなった。 条件はペレスも同じ だったが、ペレスには減量の心配がなかった。 この減量で、白井のスタミナ と体力が奪われ、最悪のコンディションで試合に臨むことになる。

 『狂気に生き』第二部は、「疑惑のタイトルマッチ」という題だ。 金平正紀 (1934年~1999年)協栄ボクシングジム会長の、「毒入りオレンジ事件」を調 査、追求したものだったと思う。 「毒入りオレンジ事件」というのは、『週刊 文春』が1982年3月11日号から5回にわたって連載して告発し、国会でも取 り上げられた事件である。 『週刊文春』は、金平正紀会長が渡嘉敷勝男や具 志堅用高のタイトルマッチの相手に薬物を混入したオレンジジュースを飲ませ たとして、買収されてジュースを出したホテルの料理長の証言と、薬の成分が 筋弛緩剤(実際には下剤ともいわれる)だったことなどを報じた。 この事件 で、金平正紀会長は1982年にライセンスを無期限剥奪され、具志堅の引退セ レモニーも中止になった。 7年後、文藝春秋社との民事裁判が両者撤退の形 で和解となったこともあり、1989年処分が解除されて、プロボクシング界に復 帰した。