土佐藩の上士と下士、豪商坂本家2018/10/25 07:13

 磯田道史さんの『龍馬史』、文春文庫版の解説を、長宗我部家十七代当主の長 宗我部友親(ともちか)さんが書いている。 坂本龍馬が生まれた上町本町(現、 高知市上町(かみまち))は、周辺に郷士(下士)や商人たちが住んでいた。  土佐藩でいう下士とは、その多くが山内一豊の土佐入国前の領主であった長宗 我部の遺臣たち、いわゆる長宗我部侍である。 上士は遠江国掛川以来の山内 の家臣筋でほとんどが占められ、いわゆる上級武士らである。 土佐藩では、 上士、下士の身分制度が徹底され、他藩に比べても特に厳しかった。 下士の 生活は質素が基本で、絹の衣服の着用禁止や雨の日でも高下駄は使えず草履履 きであることなどが細かく決められていた。 城下町の配置も、上士たちは城 の内側にある「郭中」に住み、下士の住居は濠外で、上町などと、はっきり区 分されていた。 驚くべきことに、旧領主でありながら、江戸時代は下士とし て山内家に仕えてきた長宗我部友親さんの先祖の住居も、上町の龍馬の家のす ぐ近くにあった、という。

 土佐藩の上士、下士の身分制度については、2010年に大河ドラマ『龍馬伝』 で見て、「等々力短信」第1013号「上士と下士」(2010.7.25.)に福沢諭吉「旧 藩情」との共通点を書いていた。

http://kbaba.asablo.jp/blog/2010/07/25/5246373

 磯田道史さんは「龍馬は一日にしてならず」の章で、坂本家は質屋業、酒造 業、呉服商などの事業で、高知城下屈指の豪商・才谷屋、六代目が郷士株を長 男に買ってやり、その約五百坪の屋敷は、五百石クラスの上級藩士の武家屋敷 に匹敵する広さだったとしている。 龍馬の家族宛の手紙には、自宅の「茶ざ しき」という言葉が出てくる。 通常は茶室、あるいは茶席のある部屋のこと で、もし茶室だとすれば、大変な贅沢だと、磯田さんは言う。

映画『日々是好日』<等々力短信 第1112号 2018.10.25.>2018/10/25 07:15

 「にちにちこれこうじつ」と家内が言うので、「ひびこれこうじつ」だろうと、 何度か訂正していたら、映画『日々是好日』は「にちにちこれこうじつ」と読 むのであった。 平身低頭で謝り、映画を観ることになった。 観て来て、昼 寝をして起きたら、雨の音がした。 主人公の典子(黒木華(はる))が、お茶 を始めて二年を過ぎる頃、梅雨時と秋では、雨の音が違うことに気づく。 掛 軸の「瀧」という字を見つめていて、轟音を聴き、水飛沫を浴びたように感じ、 掛軸は絵のように眺めればいいのだ、と知る。 季節の音、光、窓の外の木々 の景色、活けられた花、折々の和菓子などに、私は俳句との「近さ」を強く感 じた。 お茶の先生は「毎年同じことができる幸せ」と言う。

 真面目で、理屈っぽくて、おっちょこちょいの典子は二十歳、大学時代に一 生をかけられる何かを見つけたいと思っていたが、ままならない。 母(郡山 冬果・柳家小三治の娘が女優なのは知らなかった)が、お辞儀姿を見て「只者 じゃない」と思った武田先生(樹木希林)に、同い年の従姉妹・美智子(多部 未華子)と一緒に、お茶を習うことになる。 「意味なんてわからなくてもい いの。お茶はまず『形』から。先に『形』を作っておいて、その入れ物に後か ら『心』が入るものなのよ。」 「それって形式主義じゃないんですか?」と反 論する美智子に、先生は「なんでも頭で考えるからそう思うのねえ」と笑って 受け流す。 多部の華やかさと黒木の清楚さの対比も見所だ。

脚本も書いた大森立嗣(たつし)監督(朝ドラ『まんぷく』で元陸軍大将役、 舞踏家・麿赤兒の息子だそうだ)は、一つの挿話が終ると画面が暗くなるフェ ードアウトを多用して、落語の「カラスカア」のように、年月を切り替える。  翌週、二か月、二年…、二十余年、ヒロインはお茶を習うことと共に、成長し ていく。 世の中には、「すぐわかるもの」と、「すぐわからないもの」の二種 類がある。 すぐにわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ気づいて、 わかってくる。 十歳の時、家族で観てまるでわからなかったフェリーニの映 画『道』に、大人になった典子が涙を流すように。

 撮影は昨年11月20日から12月23日に、主に横浜市でのロケで行われた。  今年9月15日に亡くなった樹木希林が、そこに車を運転して通っていたのを、 NHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」の密着取材で見た。 木寺一孝ディ レクターを、その車に乗せて送り迎えし、「気が張ってるから、やれてる」と話 していた。 だが映画では、少しも衰えを感じさせない。 年を取ってからの シーンで、メイクの具合もあるのか、少しやつれたように見えるくらいだ。 全 身ガンの状態で、着物の着付、長い正座、緊張のお点前など、さぞ大変だった ろう。 女優魂と集中力に脱帽する。