柳亭小痴樂「浮世根問」のマクラ2018/11/01 07:18

 10月30日は、第604回の落語研究会だった。 秋晴れが続き、この日も気 持ちよい日であった。

「浮世根問」         柳亭 小痴樂

「棒鱈」           柳家 三之助

「付き馬」          五街道 雲助

          仲入

「佐野山」          三笑亭 夢丸

「転宅」           柳家 小三治

 小痴樂は、後はちゃんとした人が出ますから、開口一番は苦行の時間と思っ て下さい、と。 若手、いつもは段ボールの上でやったりする。 お客さんが、 一人か二人。 呼び込みをする。 お前、落語出来るの? 多分。 面白いの?  と、聞いちゃいけない質問をされる。 面白いです、と言うと、嘘になる。 最 近の落語家は学歴が高い、私は中卒。 高校1年を2回やった、基礎が大事な ので…。 2年目の教室へ校長先生が直々にやってきて、そろそろやめたらど うだと言われ、示談成立。 最近は大学出がいっぱい、東大、京大なんてのが 入ってくる、本当の馬鹿。 早稲田、慶應、明治なんてのもいる。

 師匠樂輔の弟子は、一番弟子が私で、明樂、信樂(しがらき)、樂坊といる。  明樂は中卒だが、信樂は慶應義塾大学卒、頭はいいが馬鹿、愛嬌がない。 何 かと学歴を出す。 ドアの前で、師匠と私がどうやって開けるのか、引くのか な、とやっていると、後ろで「押したらどうです」なんて、いちいち学歴を出 す。 師匠と四人で旅行をしたら、雨だったのが晴れてきた。 師匠が天気は 西から崩れるっていうからな、追い越したんだと言うと、「地球は自転してます からね」なんて言う。 明樂が地球は回っているのか、と聞くと、信樂は、「兄 さん、昔、地球は回っていないと言って、殺されたのがいますからね。ガリレ オ・ガリレイ!」 樂坊は22歳、新卒、186センチで顔もシュッとしていて、 法政大学卒、もう嫌いでしょ。 大学出につい、頭いいの? なんて聞いちゃう。  いい学校と悪い学校を見分ける方法を教わった。 東京、京都とか、土地の名 前が付いてりゃあ、頭がいい、月謝が安い。 それが広がっていくと、馬鹿に なる。 日本とか、アジアとか。 今日ここにいたら、ごめんなさい。

柳亭小痴樂「浮世根問」の本篇2018/11/02 07:17

 答に困ると、いろいろとごまかす、質の悪い人がいる。 隠居さん。 八っ つあんかい。 おまんまですか、ご馳走になります。 まず、私の話し相手に なってからだ、私の方から、時分時だ、お腹が空いてないかって聞く。 じゃ あ話を変えて、今日のおかずは何ですか? 隠居さんは、いつも本を読んでい るけれど、為になるんですか、『週刊実話』「山口組に際どい動き」とか? 世 間が明るくなるな。

 隠居さんは、何でも知ってますね。 何を聞いてもいいよ。 ジャリと動物 園へ行って来たんですが、象はどうして鼻が長いんですか? どうして、どう して? いい気になってるからだ。 向かいの伊勢屋、近く婚礼だそうで、「嫁 入り」というけれど、「女入り」、「娘入り」じゃないんですか? どうして、ど うして? 娘さんに目が二つ、婿さんも目が二つ、合わせて四目。 目の子勘 定ですか、森の石松や丹下左膳は、どうなるのかな。 嫁に行くと「奥さん」 と呼ばれますが、どうして、どうして? 女の大役、お産はどこでするか、家 の奥でするな。 そうか、プロレスラーは、……力動山。 ウチは「かかあ」 と言いますが、どうして、どうして? 家を出て、家におさまる、からだ。 二 回離婚すると、「かかかかかかあ」ですか。 婚礼の席に、鶴亀が飾られるのは、 どうして、どうして? 鶴は千年、亀は万年、長生きするからだ。 亀は万年 生きますか? 生きるな。 ブブー! 金坊が縁日で亀を買ってきて、喜んでい たら、明くる朝死んだ。 その日が、万年目だった。 目出度いから、お嫁さ んが髪を飾る櫛笄も鼈甲(べっこう)、亀の甲羅で作る。 鶴はなんで目出度い んで、どうして、どうして? 夫婦仲がいい、つがいになると、決してよそを 向かない。 でも千年は長い、飽きますよ、竹んとこは一年で飽きた。

 鳥が死ぬことを「落ちる」、魚は「浮く」なんて言うな。 まだ、飯が出ませ んね、人間は死ぬと、どこへ行くんでしょう? 極楽か、地獄だ。 極楽は、 どこにあるんです? ちゃんとある、十万億土、西方弥陀の浄土にある。 西 方というと、上方? もっと西だ、ものすごい、とんでもない、計り知れない 西だ。 あっしが知りたいのは地獄、どこにある。 もう、帰れ! 地獄は、 どこにあるんで? 極楽の隣だ。

 杉田の隠居が、お前に五百円取られたって、言ってたぞ。 取ったんじゃな くて、もらった、宇宙っていうけれど、どんなものか聞いて。 夜、空を見る と、星が沢山出てるだろう、行けども行けども宇宙である、って言うから、飛 行機でブーーンと、その先を行ったら、どうなるか聞いた。 行けども行けど も宇宙、その先を飛行機でブーーンというのを、三十分やった。 その先は、 もうもうとしている所だってえから、もうもうとしている所を飛行機でブーー ンと行ったらどうなる? いっそう、もうもうとしている所。 さらに、もう もう。 さらに、さらに、もうもう。 いっそうから、二そう、三そう、四そ う、と四十分やった。 杉田の隠居は喘息持ちだから、ゴホゴホッとなって、 さらに攻め込めば、落とせると思って。 攻め込むとは、何だ。 隠居は、宇 宙に高い塀があって、飛行機でも越えられないって言うから、そんな塀はぶち 壊して進む。 その先は、ベタベタした所で、とても飛べない。 そんな蠅取 り紙みたいな所は、屁でもない。 燃料切れになるだろうって言うから、宇宙 にはコスモ石油があるよって、五百円もらった。 隠居さん、地獄、極楽の話 も、五百円にまけとくよ。 こないだ、店の奴と吉原へ行ったけど、あそこは 極楽ですね。 地獄は、その話をお前のかみさんに言うことだよ。 それは、 五百円で勘弁して下さい。

柳家三之助の「棒鱈」2018/11/03 06:35

 緑色の羽織、灰色の着物の三之助、最近、不寛容、けしからんものを許さな いという風潮がある、自己責任と言う。 われわれ(噺家)は、けしからんも のばかり。 煙草が喫いづらくなっているが、酒飲みがそんな時代になったら 嫌だ。 隅に飲酒席なんてのがあって、そこで立ち飲みする。 近しい人で、 酒を飲まない人がいて、一緒に仕事をする。 今日も、そんな気がする(三之 助は、トリの小三治の弟子)。 食事をすると、自分は飲まないのに、飲めよな んて言ってくる。 で、おまんま食ったりする。 半ば強制的に飲むんだけれ ど、てめえ、いつまで飲んでいるんだ、という顔になる。 常々、わかりあえ ない。 今晩あたりも、わかりあえない気がする。

 寅さん、あのよう、あのよう。 なんだい、あの世に行きてえのか。 テエ の塩焼き、お前のは身がいっぱいついてるのに、俺のは骨ばかりだ。 お前は さっき、うめえうめえって食っちゃったからだろ。 その小鉢、芋蛸の煮たの、 なんで俺のは芋ばかりなんだ。 お前はさっき、蛸ばかりよって、食ってたか らじゃないか。 知らなかったね。 寅さん、酒は男同士飲むのがうまいか、 きれいにおけえけえしたお姐ちゃんが、あなた、おひとついかがなんていうの と、どっちががうまい。 女が呼びたいのか。 女を呼ぶ銭がない。 なんと かするよ。 オーイ! 何か御用で。 芸者を一匹、生け捕って来てもらいた い。 誂え方がある、あまり若くねえ、27、8から30デコボコてな年増がいい、 乙なノドをして、物を食いたがらない、酒を飲みたがらない、お金を欲しがら ないで、帰りに小遣いをくれるようなのを。 すまないね、こいつ酔っ払うと、 癖が悪くなる、これ、鼻紙代だ、取っといてくれ。

 寅さん、隣の座敷が、また芸者を誂えた。 旦那様、聞きましたよ、最近は 品川でお浮かれだそうで。 そんなことはなかたい。 こちらは、調べがつい てるんです。 かくすだては出来ねえな。 クラサガミとかいう所にあがった。  土蔵相模でしょう。 ホーユー数名とな、大井、大森、蒲田、川崎とな。 ま だ、お料理が来てないんですか、旦那様のお好きなものは? わいの好きなも のは、「アカベロベロの醤油づけ」「イボイボボウズのスッパヅケ」たい。 「ア カベロベロの醤油づけ」? マグロのサスミだ。 「イボイボボウズのスッパ ヅケ」? 蛸の三杯酢。

 寅さん、隣の芋侍のセリフを聞いたか。 「アカベロベロの醤油づけ」「イボ イボボウズのスッパヅケ」だってよ。

 旦那様の、お声を聞かせて下さいませ。 お声を! お声を! お声を!  (突然、大声で)デェーヤーッ! ご冗談ばっかり、雄叫びでなく、お歌を。  なれば『もずのくちばす』を、三味線はいらない。 「♪サブロベエーの目ん 玉ひっこぬいて、たぬきゃーの腹づつみスッポンポン」。

 あれ歌かい、絞め殺されてるのかと、思ったよ。 もう一曲、お願いします。 今度は『十二ヶ月』を。 「一ガチはマチ(松) カザリ、二ガチは初午テンテコテン、三ガチはヒナマツリ、四ガチはオシャカ サマ」。 笑うんじゃありませんよ。 

寅さん、帰ろうよ、酒がまずくなる。 「三ガチはヒナマツリ、四ガチはオ シャカサマ」だとよ。 こういう粋なのを歌うもんだ。 テトチンテトチン「♪ 四国西国島々までも、都々逸ァ恋路の橋渡し」、「♪明けの鐘ごんと鳴る頃三日 月形の、櫛が落ちてる四畳半」。

 お隣も負けないつもりですよ。 「♪りゅうきゅうおじゃるならー、わらず 履いておじゅれー、酒は飲め飲め、みろくまんじゅう、くわんぱくわんぱ、一 つ二つ、パッパー」

 何だあれは、隣の座敷、ちょっと見て来るよ。 よしな、隣はリャンコだ。  オシッコだよ。 覗こうとすると、障子が外れて、座敷に転がり込んだ。 人 間が降って来る天気でも、あるめえし。 手前か、妙な歌を歌ってるのは、酒 がまずくなる。 あにか。 あにかだと、お前を弟に持った覚えはない。 「ア カベロベロの醤油づけ」ってのは、これか、ホレッ。 人の面体にアカベロベ ロをぶっかけおって、それにならえ、たたっ斬ってやる。 お刀は、いけませ ん! 誰か、誰か! お客様が喧嘩ですよ。

階下でちょうど「鱈もどき」をつくっていた板前が、胡椒をかけている最中 だったが、喧嘩を止めに入った。 旦那様、いけません、お刀はいけません。  勘弁ならぬ、ヒーー、ハックション。 斬れるものなら、斬ってみろ、クショ ン、ハクション。 まあまあ、へーー、クション。 おかみさんに叱られる、 ハクション、ハクション。

二階の喧嘩は、どうなったい? 心配するねえ、今、コショウ(故障)が入 ったよ。

五街道雲助の「付き馬」前半2018/11/04 08:16

 近頃、聞かなくなった言葉に「馬を引く」がある。 引く男を「馬子」。 吉 原へ馬で行く。 雷門の前に並木があって、今も「並木の薮」という蕎麦屋が ある。 馬道の名も残っている。 編み笠茶屋があって、編み笠を借りる。 女 の品定めをするのに、編み笠を通して覗く。 編み笠のない奴は、扇子の竹の 間から見る、「馴れし廓の袖の香に、見ぬようで見るようで、客は扇の垣根より」。  ひどいのは、格子につかまって覗き、こめかみに「格子ダコ」とか、何とかが 出来る(「ひやかしダコ」?)。 いろんなことを言う。 勘定が足りないと、 馬子さんに頼んで、勘定を取りに行ってもらう。 これを「付き馬」、「馬」 と言っていたのが、勘定を持っていなくなったりするから、店の人間、若い衆 が付いて行くようになった。 若い衆、妓夫(ぎゅう)になっても「馬」と言 っていたが、それをまいて逃げたりする。 吉原では「馬」を出さないという 決まりになるが、客の着る物がいいと、つい、はまってしまったりする。

 一晩の、ご愉快を…、おけーけーを済ましたばかり、皆さん部屋持ちで。 登 楼(あが)りたいけれど、懐に金が足りない。 実は浅草田町の伯母さんが金 貸しで、ゴホンゴホンと咳をして寝込んでね、代わりに仲之町の店に金を取り に来た。 盛り塩をし、チュウチュウ鼠の鳴き真似をして、縁起を担いでる最 中、玉(たま)を見て、しばし茫然、ちょいと間が悪かった。 遊びは間のも んだ、後からじゃあ、気が萎えちゃう。 「田楽の串で小判の封を切り」とは いうが、金をもらえば、里心もつく。 一つ歩み寄ろう。 今晩、私が遊ぶ。  明日朝、一筆書くから、金を取りに行ってもらう。 内所と相談します。 気 が萎える、駄目なら帰る、またということにしよう。 とりあえず、登楼(あ が)って下さい。 お登楼りになるよ! 酒、台の物、芸者、幇間をあげドン チャン騒ぎ、ほどのよいところでおしけとなる。

 お早うございます。 ゆんべは面白かったね。 ちょいと騒ぎ過ぎて、迷惑 じゃなかったかね。 恐れ入ります、内所もお喜びで。 コレを。 ツケ、勘 定書きか。 締めだけでいい。 23円65銭。 若い衆さん、何かの間違いじ ゃないのかい。 安い、只みたいなもんだ、気に入った。 みんなに贔屓にし てもらうよ。 それで一筆書くんだが、印形を忘れた、一緒について来てもら えないかい。 お供します。

 近々、裏を返すよ。 店は、あそこだ。 まだ早かったか、内所も寝てます よ。 ちょいと、回りましょう。 吉原の朝が好きでね、屋根で猫があくびを している、いい天気だね。 ちょいと土手に上がってみましょう。 お湯屋が ある、付き合い給え。 手拭とシャボンを、湯銭を立替えて。 いい心持だね。

 湯豆腐で、一杯やるか、付き合い給え。 ゆんべの客で満員だ。 お銚子を 三本。 これで、おつもり、おつもり。 お愛想を。 92銭、安いね。 君、 1円立て替えて。 持ち合わせがありません。 湯銭払った時、こういう形で、 財布の隅に1円が畳んであるのを見た。 おつりはいらないよ、なかなかいい お尻をしてるじゃないの。

 ちょいと、歩こう。 路地にいいシャモ屋がある、藤棚を右に六区、花やし きだ。 象にパンでもやるか。 茶畑に、瓜生岩子の銅像、人形焼の屋台があ って、観音様、十八間四辺、鳩が豆鉄砲食ったようだ。 台の上に細い棒がの っていて、鳩が来ると殴打しようとする。 仁王門だ、草鞋と提灯の大きいこ と。 仲見世だ、人形焼の店の横には卵の殻、三日前からの分が積んである、 商売がうまい。 隣は、玩具屋、電車ごっこ、新橋、築地、おしまい。 豆屋、 雷門で見たことない、御一新の前まではあった。 神谷電気ブラン、電車通り、 築地回りのボギー車が3台ある、乗りましょうか。

 よくペラペラしゃべりましたね、吉原へ帰りましょう。

五街道雲助の「付き馬」後半2018/11/05 07:18

 近くの田原町におじさんがいるんだ。 昔、遊んでいたから、話がわかる。  信じられねえ、さっきから聞いてりゃあ、勝手なことばかり言って。 西洋の 楽隊みたいに、トンガラガッタ、トンガラガッタ。 ただ商売が言いにくい、 早桶屋、葬儀屋なんだ。 けっこうな商売じゃないですか、われわれの方では、 はかゆきがするなんて申します。 お前さんにお礼がしたい、23円65銭に立 て替えを入れて、10円札3枚ではどうだ。 その帯がいけない、先が猫じゃら しになってる、帯源の帯、献上のがある、一度締めただけの、それをあげよう。  店先で新聞を読んでいるのが、おじさんだ。 ハナは小言だろう、お前さん、 ここで待っていて。

 (大きな声で)どうも、おじさん、お久し振りで、おじ さんにお願いがありまして上がったんで。 (小声で)あそこの男、電信柱と ごみ溜めの間にいる、ゆんべ、あいつの兄貴が腫れの病で亡くなりまして。 太 っているところに、腫れの病で、もうバカに大きくなっちゃって、普通の早桶 じゃあ、間に合わない。 で、図抜け大一番小判型ってやつを、どこでも断ら れて、ほとほと困っている、(大きな声で)こしらえていただくという訳には いかないでしょうか、おじさん。 それは気の毒だ、職人が面白そうだ、やっ てみてえって言ってるから、こしらえてやろう。 こしらえて下さる。 (小 声で)あいつは気が動転しているから何を言い出すかわかりません、(大声で) 請け合ってやって下さい。 確かに、手前どもで請け合います。 私は二、三 日したらまた伺います、出来たら渡してやって下さい、お先に失礼。

 ちょいと手間が取れるかもしれませんよ。 このたびは、とんだことでござ いましたね。 よくあることで。 だいぶ長いことで? ゆんべ一晩で。 急 に来た? ふいに、いらっしゃいました。 驚いたでしょう? べつに驚きや しません。 だいぶはれたそうで? はれたか、惚れたか、わかりませんが、 宵の内はいい塩梅で。 夜になって、バッタリいったりするんだね。 恐れ入 ります、ヘッヘッヘ。 それでお通夜の具合はどうでした? ばかなほど賑や かで、芸者を三組揚げて、ワーーッと。 いいかもしれない、なまじ、じめじ めするよりは。 仏様は、喜んだろう。 ええ、仏様はばかな喜びようで、し まいには素っ裸でカッポレを踊ったりして…。 お前さん、気を確かに、落ち 着けよ、そうだ何か、つく物があると言っていたな。 ああ、帯です。 そう 帯か、笠はいいか。 笠のことは、伺っていません。 できたら、どうします?  財布を持っています。

 急ぎの仕事で、まあ、こんなものですが。 これは立派なもので、大きい早 桶ですね、どういう方の、ご注文で。 どういうって、お前さんが誂えたんだ。  兄さんが、ゆんべ腫れの病で亡くなったんだろ。 第一、兄がいません。 な にっ、さっきのアレがそう頼むから、こしらえたんじゃあないか。 でも、あ の人はおたくの甥御さんでしょ、「おじさん、おじさん」って言ったら、返事 をしていた、こしらえてやると言っていたじゃないですか。 初めて、会った 人だ。 アーーッ、やられちゃった。

 私は吉原(なか)の若い者で。 馬かい、お前さん。 おかしな奴だと思っ たんだよ、お前は逃げられたんじゃねえか、間抜けだな。 こんな風呂桶の化 け物みたいな早桶、他に売り口がねえ。 職人の手間は負けとこう、木口の代 だけ5円置いて、背負って帰れ、背負ってけ。 大門をこんなもの担いで通れ ない、縁起でもない。 何を、この野郎、おれんとこの商売にケチをつけるの か。 お前がドジだから、こんなことになるんだ、みんな出て来て背負しちゃ え。 5円はおろか、1銭もない。 おい奴、吉原(なか)まで、馬に行け。