柳亭市童(いちどう)の「彌次郎」 ― 2024/10/25 06:59
22日は、第676回の落語研究会だった。 大手町よみうりホールへ出掛ける時、だいぶ暗くなって、ようやく涼しくなってきた。 展覧会は高倉健、「不器用ですから」というネスカフェや日本生命の短いコマーシャルを何本か見る、映画屋が作ったらしく、最近の猥雑なCMと違い、ストレートで簡素、洒落ている。
柳亭市童(いちどう)の「彌次郎」、落語研究会は二か月ごとに太鼓を叩いている、来年3月真打昇進、しょうりゅうていかくし(松柳亭鶴枝)四代目を襲名する、と拍手をもらう。 「彌次郎」は嘘つきの噺、嘘にもいい嘘がある、空気を読み、人間関係の潤滑油。
旦那、旅に行って来ました。 私は、お前さんの嘘が好きだ、どこへ行った。 北海道、何でも凍る、水だけでなく酒も凍る、アルコールってぐらいで。 「おはよう」が凍る。 球になるので、拾って籠に入れてきて、囲炉裏端に出すと、溶けて「おはよう」「おはよう」「おはよう」、夜なべの目覚ましになる。 火事が凍る。 ジャ、ジャ、ジャ、ジャ! と、半鐘が鳴る。 終いの「ン」が凍るんだ。 見に行ったら、三階建ての家が、下からチャカ、チャカ、チャカ、と凍った。 明くる朝、見に行くと、粉雪が赤いところの上に積もって、キラキラしていた。 裏で、樵(きこり)が火事を刻んでいて、海へ持って行って捨てるんだという。 少しもらって来て、牛の背中にのせておいたら、あとで溶けだした、焼牛に水、モーいいと、牛が言った。
南部の恐山へ、武者修行に行った。 剣術の修行、鉄扇を持って。 夕方、これから恐山に登ると言うと、茶店の親父が山は危ないからやめろと言う。 構わずに進むと、道がだんだん細くなり、下は千尋の谷だ。 ぽつりと灯りが見え、行くと平ら地があって、十五、六人が焚き火を囲んで、酒盛りをしている。 山賊だ。 毛皮のちゃんちゃんこを着て、髭もじゃ、どんぐりまなこの親分が煙管で煙草を喫っているので、卒爾ながら火をお貸しください、と言った。 六尺豊かな、親分は、お若けえのお待ちなせえやし。 一人、二人の化け物、しめて三束(山賊)が、まずかかってきて、チャンチャンバラバラ、チャンバラになる。 自分は、牛若丸のごとく、こちらと思えば、またあちら。 六尺豊かな、素っ裸の野郎には、岩をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。 岩が、ちぎれるのか?
後ろで、唸り声がする。 六尺豊かな、ライオンが…。 お前さんのは、みんな六尺豊かだな、南部の恐山にライオンがいたのか? ライオンと思ったら、歯磨の看板で、イノシシだった。 イノシシが突っ込んできたので、松の木によじ登って、ひと松、安心。 だが、松の木が揺れる、松だと思ったのが竹だった。 イノシシは、竹に体当たりをかます。 パンパンと竹が弾けて、イノシシは鉄砲で撃たれたと思って、倒れた。 それにシシ乗りになったのだが、前後逆さま、股倉に手をやって、シシの金を絞り上げた。 バタンと倒れたシシの腹を切り裂くと、子供が沢山出てきた。 十六匹もいる、シシ十六。 それが、みんなでトッチャンの仇と、かかってくる。 お前、シシの金を絞り上げたんだろ、オスの腹から子が出てくるか? それが、畜生の浅ましさで。
ふもとの村から、鬨の声が上がって、大勢が登ってきた。 そのイノシシは村の守り神だったのかと、心配すると、実は、イノシシは長く村に難儀をかけてきていて、退治してくれた貴方様は大恩人、一献差し上げます、となる。 村長の屋敷は、広い庭があって、紅梅白梅が咲き、山桜が満開、蜂が飛び、紅葉も真っ盛りだ。 その庭を、チロリンシャンと、当家の十七、八の美しいお嬢さんが歩き、どうぞ中にお入りを…と。 私も年ごろ、あなたのようなお強い方と、一緒になって、苦労がしてみたい。 出来ません、と言うと、とたんに顔色が変わって、懐剣を喉に当てる。 死ぬる覚悟で、申し上げたのに、という。 今夜泊まるので、あなたの部屋で、ゆっくり話をしましょう、と収める。 そして、逃げ出した。
逃げて、逃げて、逃げると、前に大きな川がある。 紀州の日高川。 舟が一艘、川が荒れて舟を出せないという船頭に、金をつかませて渡る。 大きな寺がある。 貧窮山困窮寺。 台所にあった水瓶を、頭にかぶって隠れる。
お嬢さんは、ズンズンバタバタ、ズンバタバタと追いかけてきて、日高川、船頭は川が荒れて舟を出せないという。 お嬢さんは、恋焦がれ死にすると、日高川に飛び込んで、一尺ばかりの蛇になって渡り、貧窮山困窮寺へ。 台所の水瓶に、七回り半巻き付いた。 一尺の蛇が、七回り半巻き付けるのか? 女の一心だ。 だが、蛇が溶けた。 お寺が掃除をしていなくて、水瓶の外側にナメクジがびっしり、くっついていたのだ。 水瓶から出た姿は、なんともイイ男だった。 武者修行じゃなかったのか? その時は、安珍という山伏で。 道理で、法螺を吹きどおしだ。
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