林家正蔵の「薮入り」後半2017/08/28 07:10

 はい! 戻って来たよ。 おまんま吹いているから、私は見て来るよ。 只 今、帰りました。 ご無沙汰をいたしております。 お父っつあんも、おっ母 さんも、ご壮健で何よりです。 ご主人様はくれぐれもよろしくと申しており ました。 おひけえなすって! お父っつあん、具合が悪かったんだってねえ、 吉兵衛さんに聞いて、あたい手紙を書いたんだけれど、読んでくれた。 お前 さん、何か返事をしておやりよ。 只今は、ご丁重なるご挨拶を頂きまして…。 

風邪を引いたと思ったんだよ、いつものように一杯やって、うどんでも食っ て寝ちまえば治ると思ったら、熱が引かねえ、お医者さんに掛かったらヤブで よう、ひまし油飲まして腹がピーピーになった。 本所の先生は、銭を取って くれないから掛かりづらいんだが、お願いしたら、何とかいう肺炎で、身体中 にカラシ塗った油紙を貼りつけてくれたら、熱が下がった。 無性にお前の顔 が見たくなってな、吉兵衛さんに行ってもらったんだ。 お前の手紙を見たら、 急によくなった、お前の手紙は身体に効く。

 おっかあ、野郎、大きくなったろうな。 自分で見れば、いいじゃないか。  見られないんだよ、目の前が霞んでいるんだ。 見るよ、見るよ、亀、太った か、立派になりやがったな、俺より大きいじゃないか。 お前さんは座ってい るからだよ。 これ、ご主人様からよろしくって預かってきました。 ご苦労 さん。 何だい、そりゃあ。 浅草橋の鮒佐の佃煮、お小遣い少ないんで、海 老は高いからごぼうの…。 神棚に上げろ。 俺達と、長屋の皆さんに一切れ ずつ配るんだ。 お父っつあん、話があります。 それより湯へ行って来い、 桜湯がきれいになったんだ。 宿下(やどり)の着物で行くな、俺の長半纏に、 三尺を締めてけばいいだろう。 湯銭を持ってけ、お前のいい下駄じゃなくて、 お父ウの日和下駄を履いてけ。 その犬はダメだ! ダメだ! お前が可愛がっ ていたんで、亀のこと憶えているんだな。 頬っぺた、舐めてる。

 亀、お湯へ行った。 いい着物だねえ。 がま口の中、覗くんじゃないよ。  大変! お金が入っているよ。 隅に畳んで五円札が三枚、十五円。 初めての 宿下にしては、大金だよ。 おかしいだろ、お店のお金を…。 俺のガキだよ。  初めての宿下なんだよ。 やりやがったな、帰って来た時の、目つきが悪かっ た。 まず、訳を聞いて。 帰って来やがった、悪人の顔つきだ。

 桜湯、きれいになったね、お父っつあんも行って来たら。 がま口の中、見 たよ、十五円の大金、どうしたんだい。 見たの!! だから貧乏はしたくない。  亀、何てことを言うんだい、私が見たんだよ、小遣いを入れようと思ってね。  お使いの帰りに、水天宮様の前でお財布を拾ったら、百五十円入っていた。 届 けて、お礼に十五円もらった。 ご主人様が預かってくれて、宿下の時にお父 っつあん、おっ母さんも大変だろうからと渡してくれたんだ。 話をしようと したら、お父っつあんが、湯へ行け、湯へ行けって言うもんだから。 亀、勘 弁しておくれ。 どこか、連れてってくれるんだろ。 水天宮様でも、行くか。  やめとこう、またお財布を拾うかもしれないから。

 正蔵の「薮入り」、元来のペスト流行の頃の、鼠捕りの懸賞金の話ではなく、 さらっとやった。 最近の客には、その方が分かりやすいのかと思った。

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