文菊の「甲府い」2016/07/05 06:21

 実は古今亭文菊、奥沢在住という縁で、2012年9月鈴本の「真打昇進襲名披 露興行」に行き、トリで演じた「甲府い」を聴いていた。 あれから、まもな く4年、どれほどの進歩があるか。 ツルツルの頭、薄茶の着物に黒の羽織、 茶坊主のような恰好で出て、いきなり噺に入る。

 「ひもじさと寒さと恋をくらぶれば、恥ずかしながら、ひもじさが先」。 金 公、よさねえか、頭を叩くんじゃねえ。 豆腐屋の店先で、卯の花に手を出し た男、おらァ腹がへっておりまして、一文の銭もないんで。 上げて訳を聞け ば、旅の人で、国は甲州、甲府、昨日浅草の観音様をお参りし、仲見世でどー ーんとぶつかられたら、財布がなかった。 頭突きってんだ。 昨日から何も 食べてないんで、この通り、ご勘弁を。 スリにあったんだ。 身延山に三年 の願掛けをして出て来た。 法華かい、私も法華のかたまりみたいなものだ。  飯を食いなよ、おい、ばあさん、挨拶をしているよ。 おハチにお目にかかり ます。 手盛りでやってくれ。 おう、食ったかい。 何、お鉢を洗います?  いくら炊いたんだ。 二升。 二升、空にしたのか、ははは、私はまだ食べて ない。 何とかなるまでは国に帰らない、あてはない、葭町の口入屋へ行くつ もりだった。 ウチで働いてくれないか、売り子がいないんだ。 有難うござ います。 請け人は? いらないよ、俺の目に狂いはない。 名前を聞いてな かった。 おら、善吉で。 善さんか、頼むよ。

 善吉、この家の売り声「とーふぃー、胡麻入り、がんもどき」で、売り歩く ようになる。 泣く子に懐の一文菓子や飴玉を渡したり、かみさん達の井戸の 水を汲んだりして、たちまちかみさん連中の評判を得る。 若い豆腐屋さん、 いーーい人なのよ(と、襟を合わせる仕種、ますます女が得意だ)。 お咲さん は嫌いよ。 あの人のせいで夜も眠れない、夢の中に出てきて、むりやり豆腐 を食べさせようとする、私は夫のある身……。 味噌漉しを持って並んで、「行 列のできるトーフ屋さん」。 亭主連中の評判は悪い。 豆腐もいいけど、三度 三度豆腐ってのは勘弁してもらいてえ、湯にはいったら、フワーーッと浮かん だ。 明日から替えるから。 何に? オカラに。

 三年が経った。 ばあさん、お茶を淹れてくれ。 善吉はよくやってくれる よな、金公がウチの都合で辞めたいと言って来た時は、どうしようかと思った が、前より楽をさせてもらっている。 夜中に目を覚ましたら、善吉が水をか ぶっていた。 ご当家が繁昌するように、国の伯父さん伯母さんが息災で、一 歩下がって自分の立身出世を、と祈っているんだ。 お花の婿にあれをとって、 店を継がせたいと思うんだが、お花はどうだろう。 もう、聞いてありますよ、 顔を真っ赤にして、畳にのの字を書いて、「善吉さんなら」と、あとは言葉にな らない。 善さんに惚れているのは、お花ばかりじゃない、私も…、冗談です よ。 いい日を選んで婚礼にしよう。

 善さんが何ていうかわからない。 嫌だと言ったら、引っ叩く。 あなたは そそっかしいから、私が聞いてみます。 善吉は「お花さんが何ていうか」と いうので、おかみさん、胸のあたりで、指で○をつくる。 それを聞いた主は、 「セガレ!」。

 吉日を選んで、婚礼となる。 善吉は奉公人から若旦那に。 くるくると、 よく働いて、寝る前に落語全集その三を読む、健全な暮らし。 両親は隠居所 に住むようになる。

 幸せな夫婦になったが、親の心配は善吉の働き過ぎ。 善吉、お花も一緒か、 少し休んだらどうだ、芝居や旨い物でも食べに出かけたらどうだ。 お父っつ あんにお願いがある、甲府の伯父さん伯母さんに報告したい、身延へ三年の願 ほどきに、行きたい。 善吉さんの伯父さん伯母さんなら、私にも伯父さん伯 母さん。 お花も一緒に行ってこい。 何時、立つ。 明日。 一つ、頼みが ある。 隠居所から旅立ってもらいたい、赤のご飯に、尾頭付きを用意する。

 朝靄の中、着飾った若夫婦、まるで芝居の道行だな。 嬉しくて眠れません で。 俺も眠れなかったよ。 あんた、鼾かいてましたよ。 腹痛の薬だ、持 って行け。

 お光っつあん、こっちへ来てご覧よ、お豆腐屋さんの若夫婦、着飾ってお出 かけだよ。 どこへ行くんだろう、聞いてみよう。 お揃いで、どちらへ? 「甲 府ぃー、お参り、願ほどき」