小三治「お化け長屋」の本篇2016/11/10 06:28

 おーい、ちょいと杢さん、家主が何か言ってんの、聞いた? 誰だ、空き家 に物を放り込んだ者は、出て来いって。 古株の杢さんが、一言言っておくれ よ。 店賃が四つも溜まっているんで、言いにくい。 これから長屋の物置に 使っちゃおうじゃないか。 重宝だ、有難いよ、家が広く使える。 物干竿を、 夕立なんかに、タッタカ、あの家に入れとくんだ。 そのことで、考えた。 貸 家について聞きに来る奴がいたら、俺んとこに来るように、言ってくれ。 差 配とかなんとかいうことにして、帰しちゃうから。

 ごめん下さいまし、けっこうな貸家のことで伺いたい。 そのことはね、待 ってました。 家主は遠方なんで、差配といったような者がいる。 突き当り の、四ツ目垣の壊れた家が、古狸の杢兵衛さん、差配のようなことをやってい るから、あそこへ。

 こちらは、古狸の杢兵衛さんのお宅ですか。 陰で言われているのは知って いたが、面と向かって言われたことはなかった。 庭がついて、日当りがいい、 敷金、前家賃なんかは、どんなことで。 お預かりするだけなので、要りませ ん。 店賃も、払おうと思えば払ってもいいけれど、要らない。 様子がわか りません。 ワケがありまして、どうぞこちらへお上がりを。

 今を去ること、三年ほど前、32、3の後家さんが住んでおりました。 当人 は物堅い人でしたが、ちょうど二百十日の前後に、泥棒が入りました。 荷物 を背負って、表へ出ようとして、おかみさんの寝姿にムラムラときた。 懐に 手を入れた。 泥棒という声を出さなければよかったんだが、髪の毛をつかん で引き寄せ、呑んでいた刃物で一刺し。 いわゆるこれが致命傷。 荷物を背 負って随徳寺。 あたり一面、血の海だ。 長屋中で弔い出して、すっかり掃 除をして、札を貼ると、越して来る。 三、四日して、雨の降る晩に…。 家 賃の要らないワケがわかりかけてきました。 遠寺の鐘が、陰に籠って、ゴォ ーーン。 ちょっと、急ぐ用がありますんで。 障子がツ、ツ、ツと、開きま す。 お話、止めて下さい(と、泣く)。 ケタケタケタって、笑います。 あ なた、よく越して来たね。 ギャオーッ! がま口、落しやがった。

 濡れ雑巾で、押してやったんだ。 俺にやったって、しようがない。 がま 口、二人で寿司かなんかつまもう。 静岡の親戚からもらったいいお茶がある。

 ちょっくら、ものを聞くがね。 家主は遠方で。 外国か? 日本にいる。  古狸の杢兵衛さんが差配で。 だらしのねえ野郎だな。 何年住んでる。 十 九年。 住み過ぎだよ。 月が替わると、コレが来る。 いい女だよ。

 いるか、タノモク(狸杢)、どんな間取りだ。 2畳、4畳半、6畳。 ふて えことを言うと、引っ叩くぞ。 店賃要らねえ、はっきりしなよ。 それだけ のワケがある。 わかってるよ、お化けかなんか出るんだろ。 こちらへご案 内を。 変な手つきをしやがって。 今を去ること、三年ほど前。 三年前な ら三年前と、ずばり言え。 てきぱきやれ。 泥棒…、俺がいたら、つかみ殺 してやる。 懐に手を入れた。 前へ出ないで。 この野郎、てめえやったな、 手つきがうまい。 そうじゃないかと、お話をしただけで。 泣くことはねえ。  遠寺の鐘が、陰に籠って、ゴォーーン。 障子がツ、ツ、ツと、開く。 夜中 に独りでに開くのか、便利だな、俺は便所に行くから。 お化けがケタケタケ タって笑うのか、愛嬌がある。 どうした、濡れ雑巾なんか出しやがって、ふ んだくって、顔をふいてやろう。 そんだけか、すぐ俺、荷物持って来るから、 掃除しとけ。

 しかたがない、二人で店賃出そう。 あれ、さっきのがま口、持ってっちゃ った。