それぞれの「アメリカ」〔昔、書いた福沢97〕2019/08/15 07:45

           それぞれの「アメリカ」

     <等々力短信 第917号 2002(平成14)年7月25日>

 5月に福沢諭吉協会の土曜セミナーで、阿川尚之さん(慶應義塾大学総合政 策学部教授・作家阿川弘之氏の長男)の「トクヴィルの見たアメリカ、福沢諭 吉の見たアメリカ」という話を聴いた。 歯切れがよくて面白かった。 そし て阿川尚之さんの『トクヴィルとアメリカへ』(新潮社)を読み、民主主義や独 立自尊の源流について教えられるところが多かった。 その流れで『アメリカ が見つかりましたか-戦後篇』(都市出版)を読む。 この本では、都留重人の 『アメリカ遊学記』から、村上春樹の『やがて哀しき外国語』まで、16人の アメリカ体験本を読み込みながら、アメリカについていろいろと考えている。  私は、村田聖明、ミッキー安川、石井桃子の章に感動した。

 戦後、ロックフェラー財団が日本の若手知識人をアメリカに招き、生活させ、 ありのままのアメリカを見せるプログラムがあった。 日本研究家のチャール ズ・B・ファーズ博士と坂西志保女史が選考し、テーマを一つ選ばせる以外、 特に条件をつけない、当時のアメリカの富と自信を反映した寛容な制度だった。  阿川さんの父弘之夫妻も、幼い尚之・佐和子兄妹を広島の兄夫婦に預け、昭和 30(1955)年に渡米している。

 石井桃子さん(40歳代半ば)は、岩波書店で子供の本の編集をしていた昭 和28(1953)年、坂西志保さんの来訪を受け「あなた、アメリカへ一年、 勉強にいってみる気ありますか?」といわれる。 翌年8月客船でアメリカに 着くと、めまぐるしいまでに綿密なスケジュールが待っていた。 前から文通 のあったボストンのバーサ・マホーニー・ミラー夫人という子供の本の批評誌 の主宰者が、全米に散らばる子供の本の仲間に連絡をとって、石井さんのため の旅行計画を作っていてくれたのだ。 サンフランシスコに始まり、アメリカ やカナダの各地で、児童図書館の責任者が石井さんを出迎え、図書館を案内す る。 クリスマスをミラー夫人の家で過ごし、年明けからピッツバーグのカー ネギー図書館学校で三か月間「児童文学」の集中講義を聴く。 戦争からまだ 十年なのに、どこへ行っても、初対面の人が迎えてくれ、心のこもったもてな しを受けた。 「どうしてこんなことが起こるかといえば、石井とこれらアメ リカの婦人たちが、児童文学という糸で結ばれていたからである。」 児童図書 館の充実ぶりを見て帰国した4年後、石井さんは荻窪の自宅に「かつら文庫」 を開設する。 阿川尚之さんは、日本の児童図書館運動のさきがけとなったこ の文庫の一期生だった。