「私の福沢諭吉」俳句「読書渡世」2020/01/01 08:00

 明けましておめでとうございます。 毎年元日のお笑い種に、ご覧に入れて いる自作の俳句、俳誌『夏潮』一月号の親潮賞応募作、題して「読書渡世」二 十句です。 「昔、書いた福沢」の途中、期せずして「私の福沢諭吉」俳句と なりました。

初句会自由は不自由の中にあり

初午や密かにお札捨ててみて

寒暁の豆腐屋もまた実業家

筆一管で生きる決意や冴返る

戦争の最中も書読む春の風

シスコ春メリケン少女と写真撮る

大船は航跡太し春の海

古川の土手の散歩や朝桜

娘らは長唄復習ふ春の宵

物干に裸で寝るや星涼し

取り合ひて蘭和辞書引き明易し

筍飯目黒不動は藪の中

人生蛆虫渡れ浮世を軽く視て

宵闇に殺気の人と擦れ違ふ

門閥は父の敵よちちろ虫

燈火親し一家総出の手内職

秋風や父の形見の典籍売る

爽やかや読書渡世の一市民

鄙事多能下宿の障子みな洗ふ

棄つるのは取るの法なり煤払

 この内『夏潮』一月号に掲載して頂いた、つまり辛うじて俳句だったのは、 次の三句でした。

寒暁の豆腐屋もまた実業家

大船は航跡太し春の海

爽やかや読書渡世の一市民

柳家小はぜの「厄払い」2020/01/02 07:42

 12月25日はクリスマスだが、なぜか三年連続の落語研究会(第618回)だ った。

「厄払い」      柳家 小はぜ

「八幡様とシロ」   鈴々舎 馬るこ

「幾代餅」      林家 正蔵

       仲入

「粗忽の使者」    柳家 花緑

「鼠穴」       柳家 権太楼

 頭つるつるの柳家小はぜ、2016年まで座布団の返しをやっていて、その年暮 に「たらちね」、今年5月「富士詣り」を聴いていた。 黒の羽織に鼠色の着 物、きちんとした恰好だ。 与太郎か、お袋がこぼしているぞ、ぶらぶらして ないで、何かやれ。 おじさんが、元手のかからない商売を教えてやる。 厄 払いだ、豆とご祝儀の御足がもらえる。 口上を憶えろ、「ああら、めでたいな めでたいな、今晩今宵のご祝儀に、目出度きことにて払おうなら、まず一夜明 ければ元朝の、門に松竹しめ飾り、床にだいだい鏡餅、蓬莱山に舞い遊ぶ、鶴 は千年、亀は万年、東方朔は八千歳、浦島太郎は三千年、三浦の大介百六ツ、 この三長年が集まりて、酒盛りいたす折からに、悪魔外道がとんで出て、さま たげなさんとするところを、この厄払いがかいつかみ、西の海へと思えども、 蓬莱山のことなれば、須弥山のほうへサラリ、サラーリ」。

 いつ、憶える? 今だ。 今はダメだ、来年の今日までに、憶えてくる。 書 いてやるから、当り箱を、硯(すずり)箱だ。 当れ、墨を磨ることを当るっ ていうんだ。 気を回せ、しっかりしろ、男なんだから、稼いでお袋を安心さ せろ。 もう23だろ、一人前だ。 25です。 なお、いけねえ、仮名で書い てやるから、よく憶えろ。 御足は、いくらもらえる? 一銭か二銭だ。 少 ないな。 数で稼ぐんだ。 ご祝儀はお袋に、豆は豆で売る所がある。 豆腐 屋だろ。 炒った豆は、豆腐にならない。 焼豆腐になる。 婆さん、感心し てるんじゃないよ。 豆ねじとかになる、駄菓子の問屋に売るんだ。 家に戻 って、よく稽古して、暗くなる前に出かけるんだぞ。

 与太郎、家に戻り、稽古しないで、ゴロッと寝てしまう。 真っ暗だ、おー 寒い。 きれいな着物の人が通る、お年越だ。 こんばんは。 何だい。 あ のー、厄払いですけど。 気味が悪い奴だ、地べたから出たような。 こんば んは、厄払いです。 ウチはもう、済ましたよ。 こんばんは、厄払いです。  安くしときます、見切り品ですから。 表に変な奴が来たぞ、下駄、大丈夫か。  御厄、払いましょ、厄払い! 上手いな、本職だ。 付いて行こう。 何だ、 お前、マナカじゃないか。 一緒に行きましょう。 駄目だ、向こうへ行け。  また、お前か。 駆け出して行っちゃった。

 えーーっ、厄払いですよ。 屑払いじゃなくて、おめでたい厄払い、厄払い はめでたいな。 何だ、表でグチュグチュ言っているのは、呼び入れてみよう。  何だ? 変わった調子だな。 厄払いしますけど、豆と御足ちょうだい。 五 厘銭がありました。 それでいい。 (紙包みを開ける。) 中、覗くんじゃな いよ。 あれっ、何、これ? 一銭五厘だよ、こまけえな。 大きな屋台張っ てるけど、懐は苦しいんだ。 (豆食いながら)いい商売だね、払う前から豆 を食べられるなんて。 もしもし、豆、生のところがあるよ。 厄払いをしな いのかい。 あと少しだから、食べよう。 すいません、お茶と楊枝を。 出 してやれ。 変わっていて面白いけれど、来年からは呼ぶのやめよう。 いい お茶ですね。 さよなら。 厄払いをやらないか。 払いますけれど、障子を 閉めて…、覗くと目の玉に手を突っ込みます。 「あらめ、あらめ、でたいな。  あら、めでたくなく、なくなく…、こんばん、こんばんは、こよいの、ごしゅ うぎに…」。 「つるは十年」。 千年だろ。 「ひよっこです」。 「か、めは、 トラホーム」、「すみません、向かいの酒屋の看板、何て読むんですか?」 よ ろずやだ。 「かめはよろず年」。 「とうぼう……」、真っ暗になっちゃつた、 電気の球が切れたんだよ、そのすきに逃げちゃおう。 旦那、厄払いがいませ ん、あっ、逃げて行きます。 逃げて行く、それで今、逃亡と言ってた。

鈴々舎馬るこの「八幡様とシロ」2020/01/03 07:25

 真打になって二年半、何か稽古しなければと、オペラを習い始めた。 レッ スン1か月、初台の新国立劇場でオペラ『椿姫』(?)の合唱に出た。 「乾 杯の歌」などをイタリア語で歌う(実際に太い声で歌って(拍手))。 大勢な ので、一人ぐらい手を抜いてもわからない。 貴重な体験だった、アンコール は「フニクリ、フニクラ」、観客は「ブラボー!」「ブラボー!」、アンコールを やりたがる、出たり入ったりする。 その間、合唱団は立ちっぱなし、怒りが 湧いてくる。 普段お弔いの時にしか着ないスーツを着て、靴下がパッツン、 パッツンになった。 家に帰って脱ぐと、ふくらはぎが砂時計みたいになって いた。

 蔵前の八幡様の境内で、白のムク犬が可愛がられていた。 次の世で人間に 生まれ変わろうと、サンシチ二十一日、ハダシ参りをした。 朝、シロを呼ぶ 声がして、衣冠束帯の八幡様がいた。 犬っころの分際で人間に生まれ変わろ うなどと…、だが気分のよいことがあった、ウィル・スミスの『アラジン』実 写版を観た、山寺宏一、「がってん」のナレーターの吹き替えで。 慌てて江戸 に帰ってきたら、馬るこという男が、20キロ痩せますようにって、願っている から、できますよ、毎日キャベツ食っていればって。 シロ、いいよ、人間に してやる、ゆっくり寝ろ。

 明くる朝、一陣の風が吹いて、シロの毛が抜けて、丸裸。 八幡様が登場、 まてまて、最終試験だ、人間に混じって奉公して下さい、と。 オシッコをす る時、足を上げたり、犬っぽいものを残していると、アウト! で、犬に戻る。  一日がんばれば、人間になれるぞ。

 上総屋の旦那だ、旦那は口入屋だから頼もう。 すっ裸だから、奉納手拭い を腰に巻いて。 助けて下さい。 ウチに来なさい。 色白のいい男だが、追 剥に身ぐるみ剥がれたらしい。 足を洗いな、その水を飲むんじゃない。 濡 らした廊下を雑巾で拭きな、四つん這いが様になっているな。 お腹空いてん だろう、お清、おまんまを出してやんな、沢庵でいいだろう。 箸で食いな。  ちょっと待て、何か嫌いなものがあるか。 キシリトール、チョコレート、ニ ラ、ニンニク、玉ねぎ…、人間の味覚の六倍、感じるので。 デザートにキシ リトール・ガムは駄目か。 二升、食べたのか、まあいいだろう。 さらしだ、 えっ、フンドシをしたことがないのか。 着物と帯だ、着たことがないのか。  四つん這いになって、お清の尻を嗅ぐんじゃない。 帯をくわえて、引っ張る んじゃないよ。 お前まるで〇〇のようだな。 ハーーイ、八幡様でーす。 お 前まるで剽軽者のようだな。 セーフ!

 隠居さん、お探しの剽軽者を連れて来ました。 面白さが滲み出る男で、敷 居にアゴを乗せ、腹ばいになってます。 下駄を庭に埋めて来て、得意げにな ってる。 名前は? シロで。 ただのシロか? ただシロ。 忠四郎、いい 名だ、どこで生まれた? 観音様の裏の長屋で。 あそこは私の家作だが、長 屋のどこだ。 突き当りの、掃き溜めです。 鉄瓶がチンチン言っているから、 蓋をしてくれ。 (シロ、チンチンをする) お茶を淹れるんで、焙炉(ほい ろ)を取ってくれ。 ワン、ワン! ハーーイ、八幡様でーす。 シロ、お前 何をやってんの。 お前まるで〇〇のようだな。 お前まるで江戸屋小猫のよ うだな。 セーフ! あと半日がんばれ。

 眼鏡がない。 探し物は得意です。 臭いを嗅いで。 ありました! カラ スの巣の中にあったのか。 お前まるで〇〇みたいだな。 ハーーイ、八幡様 でーす。 犬の嗅覚は、人間の1億倍というけれど。 お前まるでソムリエみ たいだな。 セーフ! だ、忠四郎。

 唐人笛、チャルメラが聞こえ、犬の遠吠えが始まる。 ヒラリーラリ、ヒラ ヒラリラ! 忠四郎が庭で四つん這いになっている。 ウワーッ、ウワーッ、 ウワーッ! ハーーイ、八幡様でーす。 発声練習だな、セーフ!

 朝だ、人間になったから、勘が悪い。 お前、昨日、犬みたいだったな。 ハ ーーイ、八幡様でーす。 判定は、一日経ったから、セーフ! 今朝までに、 人間になりました。

林家正蔵の「幾代餅」前半2020/01/04 08:24

 その昔、日本橋馬喰町の搗き米屋の若い衆、清蔵がフラフラ病いで寝込んだ。  おかみさん、ご心配かけて、すみません、私のは、お医者様でも草津の湯でも という気の病いで。 話をしてごらん。 おかみさん、笑うから。 笑わない よ、本当に。 鼻が、もう笑ってる。 生れつきだよ。 私、一目でいいから、 会って、話をしてみたい、×××××と、女の人ができました。 恋患いじゃ ないか、ハハハハハ、で、誰だい?  金物屋のおみよちゃんか、仕立屋のお 糸ちゃんかい? 人形町にお使いに行って、具足屋という絵草紙屋で見た錦絵 の、隣の人に聞いたら、吉原で今評判の、姿海老屋の幾代太夫だそうで。 幾 代太夫といえば大名道具、お殿様、金持しか逢えない。 それからは、その人 の顔が浮かぶと、胸がどきどき、目がぐるぐる回って、飯も食えない、職人じ ゃあ駄目なんだと、寝込んじゃいました。

お前さん、清蔵の病いが、わかりました。 錦絵を見て、恋患い。 真面目 なんだ、行って来るよ。 おい、清蔵! 親方、すみません。 逢いに行きゃ あいい。 大名道具ったって、金だ、向こう一年、一生懸命働け、俺が逢わし てやるよ。 トン(と、起き上がり)、治りました!

 一年過ぎた。 親方、よろしゅうございますか。 私の貯めたお金、いくら になりましたか? 十三両二分だ、もう少しがんばれ、二十両貯まりゃあ、暖 簾分けの店が出せる。 その金、下さい。 どうするんだ? イクヨ。 どこ へ? 幾代太夫、忘れちゃったんですか、約束したじゃないですか。 お前、 まだ憶えていたのか、あれは嘘だよ、もったいないよ。 そんな、親方、頂け ないんですか、また、患っちゃいますよ。 一晩でなくなるんだぞ、それでも 逢いたいか。 どうしても。 江戸っ子として、いい、渡してやるよ。 逢え るんですか。 大店の遊び、俺はしたことがないんだ。 そうだ、いい人がい た、横丁の先生、藪井竹庵先生なら、何とかしてくれる。

病人はどこだ? いないんです、いたら、先生に診せない。 若い者を遊び に連れて行ってもらいたい。 わくわくするな、病人と聞くと、そうはならな い。 清さんが恋患い、十三両二分あるのか。 やってみるが、逢ってくれな いとなったら、どうする。 縁がないと思って、諦めます。 初会、ちょいと 顔を見せるだけだぞ。 それでもいいのか、心意気が気に入った、いつ行く?  今晩。 そうか、夕景に迎えに来る。

髪結床で小ざっぱりして来い。 この着物にしろ、結城の二枚合わせだ。 い いな、どこかの若旦那じゃないか。 財布(せーふ)に十三両二分、おっかあ と相談して十五両にしといた、そっくり使って来い。 先生が見えた、行って 来い、清蔵! お店の皆さん、女郎買いに行って参ります。

林家正蔵の「幾代餅」後半2020/01/05 07:17

芝居を打とう。 私が若い時からお世話になっている、野田の醤油屋の若旦 那ということにして。 清さんは、何を言われても、あいよ、あいよ、と答えてればよい。

姿海老屋の幾代太夫、運よく、その晩だけ、身体が空いていた。 清蔵のど こが気に入ってか、一晩、見事にもてなしてくれた。

縮緬の座布団に座って幾代太夫、ヌシ、今度はいつ来てくんなますか? あ いよ、あいよ。 あいよでは、わかりません。 近い内に。 近いとは、いつ?  一年経ったら。 一年とは、長いではありませんか。 一年経たないと、来ら れないんです。 野田の醤油屋の若旦那がかい? 花魁、嘘ついてごめんなさ い、私は清蔵という搗き米屋の職人です。 錦絵で見た花魁の顔が浮かぶと、 胸がどきどき、目がぐるぐる回って、親方に話をして、一年働いた十五両を持 って、逢いに来ました。 お願いだ、また一年経ったら、逢ってやって下さい。  そうでしたか、紙より薄い人情の世の中に、ヌシのような人がいた。 ワチキ は来年三月十五日、年が明けます。 ワチキのような者でも、女房にしてくん なますか。 働いて、また、ここに来ます。 嘘ではありません、ほかの客は 小判とはいえ、嘘と欲、ヌシの本気に惚れました、女房はんにしてくんなます か。 喜んで。 来年の三月十五日、年が明けたら、ヌシの所に参ります。 ワ チキは本気ざます。 女房はんにしてくんなまし。 三十両の紙包みを渡し、 この里に二度と足を踏み入れてはなりません。

 清蔵は、きっとボロボロになって戻って来る、普段通りにしろよ。 来年の 三月十五日、来年の三月十五日、幾代太夫がここに来るんです。 ウチの幾代 が、ウチの幾代が、来るんです。 「来年の三月十五日」と渾名がつき、誰も 清さんと呼ぶ者がない。

 新玉の春、新しい四ツ手駕籠が店の前に着く。 こちらに清蔵さんという職 人さんはお出ででしょうか。 大変だ、「来年の三月十五日」が来ました! 黒 繻子、黒縮緬の幾代太夫、墨絵から抜け出たような美しさ。 清さん、お元気!  三月十五日ざんす。 はい、有難うございます。 親方はじめ、職人たちも、 もらい泣きした。

 再会した二人は、所帯を持つ。 両国の空き店に、幾代太夫の名を取って、 幾代餅という店を出し、大繁盛、三人の子供を授かる。 「傾城に誠なし」と 言われる、傾城にも、こんな誠があったという「幾代餅」由来の一席で。