柳家権太楼の「鼠穴」下2020/01/10 07:15

 お光も、お花も大丈夫か。 旦那様、ごめんなさい。 目塗をしてあるだろ う。 鼠穴は……。 一番蔵の屋根から、煙は出ていないが、誰かが屋根を剥 がすと、バーーッと火柱が上がった。 二番蔵は、中から音、メリメリーッ!  観音開きの扉が開いて、炎が噴き出した。 三番蔵は大丈夫だと思ったが、中 はただの灰になっていた。 香具師の勘蔵も、火事で死んだ。

 石ころが坂道を転がるように、他の商売に手を出しても失敗、奉公人も一人 二人と辞める。 裏長屋に引っ込んだら、おかみさんが流行り病で寝込む。 番 頭さん、精も根も尽き果てました、質株を持って、番頭さん一人でも、生き延 びて下さい。

 兄さんから元手を借りて、またやろうと思う。 花を連れて、勝手口から入 ろうとする。 旦那様、竹次郎さんがお越しで。 子供に菓子を…、子供は好 きだから。 見舞いに行ってやろうと思ったが、忙しくてな。 もう一度、花 を咲かせてみたい、商いの元手を貸してもらいてえ。 (煙草を喫う)誰か来 たか、丹波屋か。 茶を持って来い。 わかってる、何だ、さっきから、銭、 銭、銭って、幾ら欲しい、二分でいいか。 兄さん、昔のオラじゃないぞ、子 供もいる、頭、真っ白になった。 四十両、貸してもらいてえ。 どこ向いて 言っているんだ、そんな大金、無理だ。 兄さん、そんじゃ話が違うべえ、無 理やり泊めて、こう言った。 お前んとこが、丸焼けになったら、この身代を お前にやる、俺を番頭にしてくれって。 言わねえ、もし言ったとしたら、酒 が言わしたんだ。 それ、本気で言っているのか、実の弟が本当に困って兄さ んに頼んでいるのに、人間の皮をかぶった畜生だ。 何を! 何で叩く。 花、 泣くな、喧嘩でねえ。 一両やるから帰れ、子供を出しに使って、銭…、乞食 のやることだ。 花、この人の顔をよく見ておけ、世の中でたった一人の伯父 さんだ。 鬼の顏だ。 帰ろう、帰ろう。 出てけ、出てけ。 塩、撒け。

 親子三人で暮したあの長屋に戻りたい、帰りたい。 (空を見て)お父っつ あんと私で、おっ母さんの所へ行きたい。 駄目だ、駄目だ、お前を道連れに は出来ない。 花、花、花ーッ!

 何だ! 起きろ、竹、お前は子供なんか連れて来なかったぞ。 恐ろしい夢 でも見たのか。 おらの顏を見ろ。 鬼! 鬼! 火事! 火事ーッ! 花は どこか? ここは地獄か? 今日は、お前が十年ぶりに来て、二人で酒飲んで、 竹。

 鬼!って、どんな夢を見たんだ、隣でえらくうなされているんで、起こした んだ。 深川が火事になって、三つの蔵を燃やした。 他の商売に手を出して 失敗、裏長屋に引っ込んだら、おっかあが流行り病で死んだ。 どうにもなら なくなって花と一緒に、兄さんの所に、商いの元手を借りに来た。 オラ、貸 したか? 貸さねえ、乞食だって言われて、塩をぶっかけられた。 夢とはい え、悪役だな。 親子心中しようとしたところで、起こされた。 夢は五臓の 疲れというからな、土蔵の疲れだ。 火事の夢は、燃え盛ると言って、春から 繁盛するぞ。 お前の所へ行って、花に会って、塩をぶっかけたことを謝ろう か。