一朝の「大工調べ」後半2015/11/07 06:20

 大工の政五郎、与太郎を連れて、おおそれながらと、奉行所に訴える。 ふ つう、こんな些細なのは、取り上げなかったそうだが、何度も、何度も、願い 出た。 「与太郎こと、家主源六に、二十日あまり道具箱を留め置かれ、老母 一人養い難し」というので、差紙がついて、一同、町役五人組同道で、お呼び 出しになり、控所で待つ。 「入りましょう!」の声で、お白洲へ出る。 正 面、一段高いところにお着座になったのはお奉行で、左右は目安方、立会(つ くばい)の同心一同、朱総の十手を手に控えている。

 神田小柳町家主源六、ならびに店子与太郎、差添人、神田竪大工町大工職政 五郎、詰め合いの者、来ておるか? ハハーッ。 与太郎、面(おもて)を上 げろ。 顔を上げるんだ。 その方、何歳になる? (政五郎が)二十六だろ。  そうかもしれない…、二十六。 願書の趣きによると、二十日も道具箱を留め 置いたというが、家主源六、なぜ留め置いたか? 店賃がたまりまして、抵当 (かた)に預かりました。 一両八百のところ、一両持って参り、八百はアタ ボウだ、いいずくによれば、只でも取れるなどと申します。 町役人に、かか る悪口を申すはずがない。 与太郎、言ったのか? 言ったんです。 しよう がないな。 アタボウ、教えてやった。 政五郎、一両を貸し与えて、なぜ八 百貸さなかった、仏つくって魂入れずではないか。 政五郎、八百、与太郎に 貸してやれ。 源六は、その八百を受け取って、道具箱を返せ。 立てィ! 勝 った、勝った、と源六。

 与太郎、尻押しに八百借りてこい。 悔しいな。 源六、八百持って来たよ。  墨付き(済み口)の書面が出来た。 再び一同ぞろぞろと、お白洲に入る。 時 に源六、奉行尋ねたいことがある。 店賃一両八百の抵当(かた)に道具箱を 預かったというが、その方、質屋の株は所持しておろうの。 いかがした、質 屋の株を所持していない者が質草を取るのは、ご法度である。 町役が知らぬ はずはない。 質株は所持しておりません。 上(かみ)を畏れぬ奴だ。 本 来、咎めを申しつくべきところなれど、願い人が店子ゆえ、過料にて許しつか わす。 政五郎、大工の手間は日にいくらになる。 最近、上がっちゃいまし て、大まかに日に十匁でございます。 日に十匁、二十日で二百文であるな、 金で三両三分三朱になる。 源六、その金を与太郎にとらせよ。 日延べ猶予 は相ならん。 立てィ!

 与太郎、行ってもらって来い。 お奉行様も言っていたろう、日延べ猶予は 相ならん。 持ってけ。 棟梁、もらってきたよ。 墨付きの書面が出来て、 またぞろぞろと、お白洲に。

 源六、三両三分三朱払いつかわしたか。 さようか。 政五郎が預かったか。   源六、縁あって店子と相成りおる与太郎の面倒をよく見てつかわせ、政五郎 も、与太郎が立派な職人になるように、よく面倒を見てつかわせよ、よいな。  一同の者、立ちませえ。

 あっ、これ、政五郎だけ、ちょっと待て。 一両と八百の抵当に、日に十匁 の手間、こりゃあ、ちと、儲かったろう、「さすが大工は棟梁」。 「へえ、調 べをごろうじろ」