伝馬町牢屋敷の会計記録2015/11/17 06:24

 10月27日の「伝馬町牢屋敷のこと」に、こう書いた。 ガイド役の「牢内 の食事は1日米5合」との説明に、いっせいに「1日米5合は食えないだろう」 と疑問の声が出たが、「食事は1日朝夕の2度。玄米5合(女囚は3合)と汁 物が支給された。漬物は牢内でこしらえていた。」そうで、「1日米5合」食べ たのだろう、と。

 磯田道史さんの後、四人の交代になった朝日新聞土曜日のコラム、「山室恭子 の[商魂]の歴史学」11月7日が「江戸の牢屋事情」だった。 山室さんは、 東工大教授。 珍しい史料を見つけた、という。 伝馬町牢屋敷の会計記録で ある。 町奉行管轄のこの牢屋に、何人の囚人を収容し、何にいくら出費した かの帳簿が、明和7(1770)年についてだけ、稀有にも残されている(『日本財 政経済史料』巻1)。

 明和7年は閏6月があって384日あるが、1日平均371人の囚人が収容され、 1人あたり平均58日もの入牢。 当然、食費が一番嵩むと思いきや、総経費の 18%で収まっている。 1人1日15文の定めで、米に換算すると2・7合であ る。 ほかに1・9文分の茶が供されていて、3日に2日は1服のお茶を口にで きた計算になるという。 行水もできて、その薪代が1人あたり13文かかっ ている。 炭薪、蝋燭、筆墨紙などの物品購入が総経費の27%を占める。 さ らに多い29%が人件費だった。

 山室さんは、病人への出費が手あついのが意外だった、と言う。 1貼(ち ょう)21文の薬を14万9129貼、さらに52人の病人には高価な朝鮮人参を 30両、また医師3人が常駐し、その給料が年間32・5両で、総経費の26%が 医療費にあてられている。 以上、食費・物品費・人件費・医療費合わせて2638 両、囚人1人あたり一日93文かかっている。

 この牢屋帳簿は緊縮財政を命じた老中に対し、もはや節約の余地はありませ ぬと説明する証拠書類として提出されたものだそうで、山室さんは、お茶も行 水も朝鮮人参も、囚人への当然の待遇と認識されていたのだとして、人口比の 収容者数から考えた犯罪発生率の低さ、治安の良さと合わせ、「官の温情、民の 温和」、一冊の帳簿から、ゆかしい江戸が開けてくる、と書いている。